2012年2月13日月曜日

ダーマの塔


 翌朝早く、思わぬ寄り道で島の南端まで来てしまったユールたちは、改めてダーマの塔を目指して出発した。
 昨日と打って変わって天候は快晴。地図を持ったアスラムが最短距離を選んだためか、昼過ぎには塔の入口に着いてしまった。
「でっ…かい塔ですねー」
「神殿の階段といいココといい、足腰の鍛錬が何気に重要なんじゃね?ダーマの大神官やるには」
 王城を思わせる荘厳さで聳えるダーマの塔は、外壁の白大理石が木々の緑と空の青によく映える。塔の正面には華麗な意匠の大窓が切られており、その窓の数から見るに塔は6階建てのようだった。
 入口の扉も細かな装飾が施された立派なものだったが、取っ手も鍵穴も全く無かった。
「扉じゃなくて壁のようだが」
「塔に入るには作法に従うべし…。神官長さまがおっしゃっていたわね」
「あ、お辞儀!皆さん、一応本番前に復習しておきましょうか」
「えー、アタシもやんの、ソレ?」
 ダーマの塔に入るためには、きちんとしたお辞儀を見せなくてはならない。神官長直々の指導で練習した成果を見せる時が来たようだ。
 何度か動きを確認した後、サンディを含めた5人は扉の前で横一列に並び、扉をきっと見据え、45度の角度で腰を折った。
 すると、扉が中心から2つに割れ、静かに内側へ向けて開いた。
塔の中に入るとほぼ真四角の空間が広がっており、四方に切られた窓から入る光で十分に明るかった。構造自体は単純で階段を上へと登って行けばよいらしい。
 各階の壁や階段の裏側には、儀式に使う道具類などを納めた箱や壷が並んでいた。魔法の聖水など、ユールたちは使えそうなものをこっそり頂きながら進んでいたのだが、
「これ、きっと人食い箱だぜ。長く放置されてる物置とかが一番怪しいんだ」
 箱を開けようとする度、アスラムが不吉なことを言ってユールを脅す。人食い箱は不用意に開けると死の呪いを放ってくることもある凶悪な魔物で、用心するに越したことはないのだが、
「うっ…でもこの箱すごく気になるから、開けます!えいっ!」
「何だ、小さなメダルか。運が良かったな」
 脅しに屈することなく、ユールは目に付く宝箱を開けまくったが、とうとう最後まで人食い箱を引き当てることは無かった。
「やはり天使だから強運の持ち主なのかな?」
 セラパレスが感心したように言った。横でアスラムが何故か悔しがっている。
「でも、さっきからマージマタンゴのドルマが私に命中しまくりですけどね…いたた…」
「ははは、手当てしておこうか」
 この塔に生息する紫色のキノコは闇魔法の使い手であり、集団でドルマを大合唱されると結構怖いものがある。他にも、ドラキーマに眠らされたり、一つ目ピエロにイオをぶつけられたり、この塔は呪文が得意な魔物が多く集まっているようである。
「でも、セラパレスさんは何故か魔物たちに大注目されてるじゃないですか。さっき出た腐った死体の団体さんだって、全員あなたに見惚れて固まってましたし」
 おかげでほとんど無傷で死体の群れを退けることができたのだ。
 天使であるユールにはイマイチ基準が分からないが、おしゃれ度の高い装いをしている冒険者だと、魔物が見惚れて攻撃してこないことがあるようである。
 単純に高価な装備を身につければ良いということではなく、その人の身の丈に合った装いがばっちりキマることで魅力が倍増するらしい(サンディ談)。
「最近妙にモテモテだからな、店長は」
 アスラムがニヤニヤすると、セラパレスの眉根が盛大に寄った。
「浜で鎧を変えたせいかな。これのどこが魔物の好みに適うのかさっぱり分からないが」
 いや甲羅だろう、甲羅でしょ。ユールたちはセラパレスに聞こえないよう囁き合った。
 昨日立ち寄ったツォの浜の商店が、「お祈り」のおかげで生活が潤ったとかで店じまいセールを行っていた。そこで、ユールたちはいろいろと武具を買い込んだのだった。
 セラパレスが買ったのは、鉄の防具に亀の甲羅という実用一辺倒な組み合わせ。装備品はおしゃれか否かで選ぶアスラム曰く「人として勇気がありすぎる」チョイスだそうである。
 正面からはともかく、背中から見た時の脱力感はなかなかのものがある、と人間の服にあまり興味が無いユールでも思ったものだ。
 一方、おしゃれ最優先のアスラムが選んだのは草色の布地も軽やかな身かわしの服。ベクセリアでもらった派手な服がギラギラしすぎていて、彼の美意識的に辛いのだそうである。
 女性陣は銀細工が美しい髪飾りを新調したくらいである。ユールは着たきり雀の天使装束だし、メルフィナはダーマ神殿で買った「やすらぎのローブと春風のスカートのピンクコーデ」(サンディ談)で事足りているのだ。
「女子を差し置いて甲羅が魔物の視線を独り占めとか、何か納得いかないんですケド!」
「そうは言っても、魔物の気持ちは分かりませんからねえ。こればかりは何とも…」
 サンディの考える「女子力アップ大作戦」を拝聴しながら、ユールたちは引き続き塔の中を歩き回った。
 ふと、途中の石碑に刻まれたとある文言が気になって、ユールは立ち止まった。
「職業とは知られざる可能性、それは全ての人間に与えられた人生の選択…。ここで言う職業というのは、日々の糧を得るための手段ではなく、もっと大きなものを指しているように思います」
「人間が果たす役目、と考えてもいいかも知れないわね。与えられている選択肢が多すぎるから、自分の答えを見つけるのに一生かかることも少なくないけれど」
「自分の持って生まれた能力にもよるからな。なりたいものになる、というのはそう簡単なことではないんだよ」
「では、ずっと迷子のまま一生を終える人間もいるのですか?それはとても不安なことではありませんか?」
 ユールの問いに、仲間たちは困ったように顔を見合わせる。
 アスラムが苦い笑みを浮かべつつ、言った。
「不安でも何でも、本人がどうにかするしかない。あんたの役目はコレって、どっかのお偉いさんに決められても、それはそれで窮屈だと思うがな」
(窮屈…。天使の果たす役目は人間の守護、ひいては星のオーラの回収だ。そう決められている。迷うほど可能性がある状態ってどういうものなんだろうか)
 考え考え進んでいく内に、ユールたちはついに塔の屋上へとやって来た。4つの尖塔に囲まれた中央には石碑が一つ。その先には光の階段が伸びており、白っぽい光に包まれた異空間へと繋がっていた。
 ここまでの道のりで大神官に関する手がかりは全く無かった。おそらく彼はこの異空間の中にいるのだろう。
 かつてこの塔で転職の儀式が行われていた頃の名残であろうか。屋上の石碑に刻まれた文言は転職を考える者に向けたもので、「己で考え、決断しなければならない」とあった。
(職業の選択に限らず、人間は迷い多きもの。しかし、迷うことを知らない天使が果たしてそんな人間たちを導けるのだろうか。そもそも本当に天使は迷いを知らぬ存在なのか?こうしたことを考えてこなかっただけではないのか?)
「ユール、何してる。行くぞ」
 石碑の前から動かない彼女に、アスラムが声をかけた。
「さっさと大神官を見つけて、連れ戻すぞ」
 今、優先すべきことは何か。ユールははっと我に返った。
 ユールの頭の上に座っていたサンディが、不安そうにおずおずと言った。
「こん中、実は部外者禁止ってことはないよネ…?」
「それは大丈夫みたい。ただ、入ったら転職するまで出してもらえないかも?」
「げっ!あ、アタシ外で待ってよーかな…」  
「まあまあ冗談はそのくらいに。…では、行きましょうか」
 メルフィナがにっこり笑ってサンディを凍りつかせているのを窘めつつ、ユールは異空間へと一歩足を踏み出した。
 淡い光に包まれた広大なドーム。床一面に広がる黄金の魔法陣。
 その中心に、紫と白の長衣を纏った人物が立ち、両手を高々と差し上げ祈りを捧げていた。
 我に力を。ダーマの大神官として、人々を導く力を我に与えたまえ。一心不乱に祈る白髪の老人は、行方不明のダーマ大神官その人だった。
「とりあえずは元気そうだな。ただちょっと尋常じゃない雰囲気だが…女神の果実を食った影響かね?」
「大神官様!一緒に神殿へ帰りましょう!」
 ユールの呼びかけも、大神官には届いていないようだ。なおも力を乞い、祈りを続けている。
 なすすべも無く見守っていると、魔法陣から黒い波動が吹き上がり、大神官をあっという間に包み込んでしまった。
「大神官様…!」
 波動が巻き起こす突風で、ユールたちはその場に立っているのがやっとである。
「おお、力が…力が満ちてゆく…」
 ユールがどうにかこうにか視線を正面に向けると、黒い幕の隙間から大神官の顔が見えた。
「な、何事じゃ。身体が…。この身体は何じゃ。黒い力が溢れて…。違う…わしはこんな力を求めていたのではない!」
 喜悦の表情から一転、驚愕と恐れが入り混じる。突如、波動が勢いを増し、巨大な黒い球体となって彼の姿を完全に覆い隠してしまった。
(私の天使の力でも払えない…この波動は何だ!?)
 しんと静まり返ったドームの中央に黒い球体が浮かんでいる。その上部が割れ、中から禍々しい角と尾を持つ異形の生き物が現れた。
「…そうか。この力で人間どもを支配すれば良いということか。我はこれより魔神ジャダーマと名乗り、人間どもを絶対の恐怖で支配すると、ここに誓おう!」
 くつくつと笑うそれは、手の甲から長く伸びた爪をすり合わせながら言った。

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