2011年1月26日水曜日

うちの仲間たち

ユール
出身:天使界
外見:黒髪・紫目の幼女(見た目10歳、実年齢150歳)
職業:旅芸人→レンジャー 
スキル:弓
行動と言動:何事ものんびりマイペース

特記:翼と光輪を無くした守護天使。
人間界のアレコレに慣れておらず、サバイバルスキルは外見相応と見られている。
皆のリーダーとして、時に大胆に、時には周囲に流されて…。
それでも物事に動じない辺りは年の功か、と仲間たちに思われている。
さまざまな補助系スキルを取得して、万能型になっている(器用貧乏?)
天使なので睡眠を取る必要がなく、夜は錬金レシピ研究に勤しんでいる。


アスラム
出身:ベクセリア
外見:茶髪・緑目のすらっと長身青年(22歳)
職業:武闘家→戦士パラディンなど打撃系職業→バトマス 
スキル:爪
行動と言動:皮肉屋の格好つけ。意外と素直で腹芸が出来ない

特記:小さい頃に両親と死に別れ、セントシュタインで用心棒稼業を営んでいる。
メルフィナとは仕事仲間で「メル」「アス」と呼び合う間柄。
セントシュタインに住んで10年。仕事に遊びに忙しい毎日を送っている。
盾スキルを育てない、というこだわりがある。


セラパレス
出身:セントシュタイン
外見:黒髪・蒼目のすらっと長身青年(25歳)
職業:僧侶
スキル:槍ときどき棍
行動と言動:カタブツの文系。丁寧な物腰だが意外と武闘派

特記:街の薬屋の一人息子。聖職者というより医者っぽい感じ。
両親のことを考えて遊学は断念し、独学で治療術を修める。
「いのちだいじに」であっても、回復より攻撃を優先する困ったさん。
それでも、ユールのサポートはいつでもバッチリ的確なのが不思議。


メルフィナ
出身:グビアナ
外見:銀髪・赤目の色黒美女(24歳)
職業:魔法使い
スキル:ムチから杖へ転身
行動と言動:世事に長け、相手を上手く手玉に取ってあしらう

特記:吟遊詩人の両親の元を離れ放浪の旅へ。
セントシュタイン滞在中にアスラムと出会ってコンビ結成、今に至る。
人生経験の豊富さから、下界に不慣れなユールの相談相手になっている。
セラパレスの薬屋の常連で、ルイーダとの飲み比べで唯一の勝利者。

桜の里

 夕日を受けて金色に輝く大地を、北へ。
 ユールと3人の仲間たちは、黒騎士との約束の地であるシュタイン湖を目指して北上を続けていた。
 途中、大地震の直後から日増しに凶暴になってきている魔物たちに何度か遭遇した。いずれも危なげなく撃退し、特に問題なく進んできていたのだが、一行は迫り来る日没を前に途方に暮れていた。
 セントシュタインの城下町を出てすぐの、橋を渡った所に湖への案内板が立っていた。その指示通りに北へ進んでいたのだが、一向に湖が見えて来ないのだ。
 城でもらった地図は古く、絵が大雑把で街道なのか川なのかすら区別がつかないようなシロモノで、全く頼りにならなかった。
「シュタイン湖は地元の人間もあまり足を踏み入れない場所だからな。私も道はよく知らないんだ」
 セラパレスが茜色の空を仰いでため息をつきつつ、言った。
「それにしても、随分長いこと麦畑の中を歩いてるぞ。おかしくないか?」
 ばさばさと目の前の麦を掻き分けつつ、アスラムが言った。
「地図だと、森の所で東に曲がることになっているんですが」
 森なんてありましたっけ、とユールが首をかしげつつ、言った。
「この道の先に、目印の森があるのかしら」
 夕暮れの匂いを纏った風に目を細めつつ、メルフィナが言った。
「そもそもこの道はどこに繋がっているんでしょう?」
「地図に書いてあるはずじゃね?」
 ユールの頭上で欠伸と伸びをしつつ、サンディが言った。
「しかし、どこまでも麦だな。黄金色が眩しいぜ」
「皆さん、提案なのですが、一度、来た道を戻った方が良いように思います」
「…いや、時間切れだろうな。もう間もなく日が暮れる。この先にエラフィタ村があるから、そこでちゃんと道を確認して明日出直すことにした方がいい」
 一行が麦畑のはずれに巨大な桜の木とこじんまりとした集落を見つけたのは、それから間もなくのことだった。
 エラフィタ村で唯一の宿屋で、さっそく女将に湖までの道のりを聞いた。
 麦畑に入る前に目印の森を通過してしまったことを知った4人は愕然とした。道を間違えなければ、今日の昼過ぎには湖に着いていたはずだったのだ。
「おいおい、オレたちの一日は何だったんだ?」
「黒騎士の出した期限は明日よ。焦らずに行きましょう」
 大人たちは宿の部屋で思い思いに過ごすというので、ユールはサンディと共に村の探検に出かけてみることにした。
 エラフィタの名物である桜のご神木は、集落全体を覆い隠さんばかりにその枝を広げている。村のどこからでもその姿を見ることができた。赤に染まる夕暮れの中、淡い色の花びらがひときわ目を引いた。
 村はちょうど夕飯の刻限で、あちこちの家の煙突から煙が上り、おいしそうな匂いが漂っていた。
 エラフィタの天使像は宿を出てすぐの所にあった。ご神木を背に鎮座している天使像は、何と崩れて顔が無くなっていた。像としての原型を留めていないので、ユールも道端の石かと思って素通りしかけたくらいだった。
「コレ大丈夫なの?天使像じゃなくてただの石、なんですケド」
 と、サンディに聞かれたユールは笑って、
「ちゃんといらっしゃいますよ。カサクという男性の上級天使で、よくここの桜を肴にお酒を嗜んでらっしゃいます。天使像はこんな状態ですけど、村の守護に影響はありませんから大丈夫。ご神木もありますから、エラフィタの守りはよそより厚いですよ」
「ふーん。おっさんの守護天使かあ。何かイメージ違うんですケド」
 セントシュタインの時と同じく、像の周りにカサクの気配は感じられない。
 同胞たちの声が聞けないというのは、今まで生きてきて初めてのことで、ユールは大層心細かった。
 ひとまず村を一周し、教会でお祈りをしたり、村で一軒のよろず屋でこまごまとした買い物をしたりした後、彼女は散歩を切り上げて宿に戻った。
 夕食に出た、エラフィタ特産の小麦粉を使って焼き上げたパンは素晴らしくおいしかった。
「ウォルロも名水のおかげでパンがおいしいんですけど、エラフィタのはもう格別ですねえ」
 夕食後、仲間たちと桜のお茶を味わいながら、ユールは興奮気味に言った。
 天使のユールは本来食事を摂らなくても十分動ける。しかし、トルクアムの料理に鍛えられた食いしん坊精神は、見るもの全てが目新しい人間界において遺憾なく発揮されていた。
「ほんのりと桜の味がしていたね。パンもお茶も桜の花びらをうまく使っているようだ」
 ユールの茶碗におかわりを注いでやりながら、セラパレスが言った。
「ありがとうございます。…あの桜は枯れることなく、ああして綺麗な花を一年中咲かせ続けているみたいです」
 ユールは、教会で読んだ絵本『エラフィタむらのごしんぼくさま』の内容を思い出しながら言った。
「枯れない花、か。ひょっとしてエラフィタのご神木には天使が宿ってるんじゃないか?女神のように美しく、桜の花のように可憐な乙女が守護する村。いいじゃないか」
「アス。村の天使像はボロボロだったようだけど?」
「野暮ったい石像なんかやめて、ご神木に住み替えたのさ」
(エラフィタの守護天使が、酔っ払いのおっさんですみません…)
 アスラムとメルフィナのやり取りをよそに、ユールは一人申し訳ないような気持ちになっていた。
 食堂でしばらくくつろいだ後、明日の予定を皆で確認してから、4人はそれぞれの部屋へと戻った。
 宿泊手続きをしたメルフィナとアスラムが当然のように同室を希望したため、必然的にユールとサンディはセラパレスと同室ということになった。
「あの2人、やっぱり!」
 ベッドの枕をバシバシ叩いて、キャーキャーとサンディがはしゃいでいる。傍らで荷物整理をしていたユールはその理由が良く分からず放っておくことにした。
 セラパレスは女将に用事があるとかで出かけており、隣のベッドはカラだ。
「アンタね…。天使の修行にレンアイなんて項目が無かったのはよーっく分かってますケド!若さが足りてないヨ!」
「はしゃぐほどのことですかねえ。人間の男女の間ではごくありふれた現象ですし、当然あるべきことじゃないですか」
 ユールの言葉に、サンディは心底呆れたように首を振った。
「ああ、ダメ。ダメだわ。全然ダメ」
「えー」
 サンディの話に適当に相槌を打ちながら、ユールは荷物をベッドの下に置き、よろず屋で買ってきた本を手に取る。『守れ、麦!』というその本はかなり分厚く、挿絵なども一切ない。何とも難しそうな本だった。
 読書を始めたユールが構ってくれず、不貞腐れたサンディはさっさと先に寝てしまった。嫌がらせのように、ユールの枕を占領している。
「何を読んでいるんだい?」
「あ、おかえりなさい」
 熱中して読みふけっていたら、いつの間にかセラパレスが戻って来ていた。彼女が手にしている本を興味深そうに覗き込んでくる。
「麦と農民たちの間で繰り広げられた、血湧き肉踊る一大巨編!…になる予感がします。まだ半分も読んでいないのです」
「…何だかよく分からないが、すごそうな本だね」
「読んでいる内に、私も麦を守りたくなって来ました。彼らはおいしいパンになる運命を背負っているのですから」
「麦もまあまあ大事だが、明日に備えて早めに寝なさい。いよいよ黒騎士と刃を交えることになるんだぞ」
「はい、そうします」
 天使なので睡眠は不要なのだが、説明するとややこしい。ここは敢えて反論せず、ユールは素直に彼の言葉に頷いた。
 布団の中で長い夜をどう過ごそうかしばし考え、ユールは隣で寝ているサンディをつついた。
「ねえサンディ。これからご神木を見に行きませんか。夜桜がきっと綺麗ですよ」
「ハァ?木なら夕方見たじゃん…。アタシ眠いからパス。夜更かしは美容に悪いし」
 面倒くさそうに片目を開けた彼女に、すげなく断られてしまった。
「じゃあ、一人で行ってきますよ…」
 自分の荷物をベッドの中へ押し込んで就寝中らしく偽装してから、ユールは夜の散歩に出かけた。
 農業を生業としているエラフィタの村人たちは、おしなべて夜が早い。生き物の気配すらなく、村にはただ静謐な夜の空気が満ち溢れていた。
 ユールの立てる小さな足音が、思いの外大きく響く。ご神木の根元まで行く途中、夜風に散る花びらが雨のように彼女の上へと降り注いだ。
 何とも不思議なことに、ご神木の枝々を彩る桜の花は、どれほど時が経っても色褪せず、常にそこにあるのだ。
「あれ?」
 ご神木の根元には先客がいた。薄手のローブにアスラムの上着を羽織ったメルフィナが、ユールの気配を察して振り向いた。
「こんな時間に一人で出歩くなんて。夜道は危ないわよ」
「あなたこそ」
 ユールとメルフィナは2人並んでご神木を見上げた。思いつくまま言葉を重ねる。
「この桜の花は、散っても散っても減りませんねえ」
「エラフィタ村に暮らす人たちの思い、願いがご神木に届いて、花を咲かせ続けているのかも知れないわね」
「人の心を汲み取ってくれるなんて、さすがはご神木ですね」
 くすりと小さく笑みをこぼし、メルフィナはユールに向き直った。
「ところでユール。あの小さな妖精さんは一緒じゃないの?」
 メルフィナが発した問いに、ユールはぎくりとした。
(見えているのだろうか。彼女は人間だからそれはありえないはず…)
「…えーと。夜更かしは美容に良くないからと、部屋で寝ています」
 ひとまず様子をみようと、ユールは適当に彼女の話に合わせておくことにした。返答まで不自然にあいた間については気づかぬフリで、メルフィナは「そう」とだけ言った。
 そこから会話が途切れてしまった。夜の闇とも相まって、静寂が重苦しくユールにのしかかる。
 何か言わなきゃと内心で焦る彼女とは対照的に、落ち着き払った声音でメルフィナが言った。
「ルイーダの酒場であなたが語った身の上話を、思い出していたのだけど」
 どんなことだろう。ユールは額に嫌な汗が浮かんでくるのを感じた。
「あなたが天使でも魔物でも、ちょっと変わった人間の女の子でも構わない。あなたにはあなたの目的があり、私にも私の目的がある。あなたと私の向かう先が一致している間は、手を取り合って進めるわ。そうでしょう?」
「…メルフィナさん。あなたは私を大嘘つきだとはおっしゃらないんですね」
「もし本当に大嘘つきなら、今のうちに話しておいてもらえるかしら」
 新しく対処法を考える、とにっこり笑顔で言われたが、その対処法の内容は恐ろしくてとても聞けなかった。
「私の身の上話…我がことながら、信じていただけるとは到底思えないのですが」
「世界はいろいろな謎に満ちている。その謎の答えを知りたくて私は旅に出たのだけど…これまでに本当に多くのものを見てきたわ。だからかしら。あなたのことも、あなたの小さな妖精さんのことも、すんなり納得できたのね」
「では、アスラムさんは、このことは…?」
 メルフィナはゆるりと首を振った。
「よろしければお話しいただいても構いませんよ。アスラムさんはあなたの、その、パートナーなのでしょう?あっ、これはむしろメルフィナさんが頭の具合は大丈夫かと心配されてしまうような内容です、よね…」
 困りましたね、とあちこち視線をさまよわせるユールに、メルフィナはふふ、と笑みを浮かべた。
「しかるべき時が来れば、知るべき者の前に、おのずと真実が明るみに出るわ」
 そろそろ冷えてきたから宿に戻りましょう、と彼女に促されて、ユールは来た道を歩き出した。
 自分はこのまま天使界に戻れないのではないか、という甚だありがたくない未来がふとユールの頭をよぎった。
(もし万が一そうなったとしても自分には仲間たちがいる。だから大丈夫)
 根拠のない、奇妙な安心感だった。出会って2日目の、しかも人間相手に抱く感情としてはいささか行き過ぎのように思われたが、目まぐるしい日々の中で混乱しているユールの中で確かなものはこれだけだった。
 彼女は並んで歩くメルフィナに正直にそう告げてみた。よほど心細そうな顔をしていたのか、よしよしと優しく頭を撫でられてしまった。
「ご期待に添えると思うわ、天使さん。安心なさい」
 柔らかく微笑むメルフィナの赤い瞳が、月光を受けてきらめいた。

2011年1月13日木曜日

仲間たち

 兵士の詰め所に向かう途中、ユールはすれ違う人々から「救国の英雄候補」として熱い視線を浴び続けた。
 あんな小さいのに剣の達人だの呪文の使い手だの、早くも噂に尾ヒレ背ビレが付きまくっている。
 セラパレスは事の顛末を顔なじみの城の者から聞いていたらしい。ユールの顔を見るなり盛大にため息をついた。
「一体どうしてこんなことに。立て札で黒騎士討伐の志願者を募っているのは知っていたが、よりによって君が名乗り出るなんて」
「立て札?」
「見ないで引き受けたのか!安請け合いもここまで来ると悪ふざけとしか思えないな」
 ついにセラパレスは頭を抱えてしまった。
「まあまあ。陛下の御前で引き受けると宣言してしまったものを、今更引っ込めるわけには参りますまい」
 医務官のバートンが苦笑いで取り成してくれた。
「陛下はこの子一人で討伐に行けとお命じになったわけではないのですから、まだ道はあります」
「そうですね。…ユール、私に何人か心当たりがある。酒場で討伐に参加してくれる仲間を募って出かけるんだ。大の大人でも苦戦したほどの相手だ。警戒してしすぎることはない」
「お城の兵士さんが、黒騎士と戦って怪我をなさったんですか?」
「ああ、城一番の使い手と謳われる兵士長がね。命に別状はないが、まだ安静が必要だ」
 その兵士長は体中に包帯を巻いてベッドに横たわっていたが、鋭い眼光は全く衰えていなかった。
 討伐志願者のあまりの小ささに驚きながらも、自らが間近に接した黒騎士の様子を語ってくれた。
「流星のごとく現れ、見たこともない剣技を操り、それでいて人々を殺すことなく去っていった。剣を交えた我々であっても、戦意を失わせる程度に手傷を負わせるに留めたのだ。そして、何よりあの風貌…兜の奥に垣間見えたその顔は骸骨のようだった。何とも生気のない顔をしていた」
「兵士長は、黒騎士の目的を何だとお考えですか?」
 ユールの問いに、兵士長はしばし瞑目し考え込んでいたが、
「姫様をさらおうとしたのは確かだが、奴の目的が殺戮や略奪でないことは確かだろう。単騎で堂々と乗り込んできたあの姿。まるでどこぞの騎士のような風格が…。む、騎士…?」
「兵士長?」
 騎士という単語に引っかかりを覚えたらしい彼が必死に記憶をたぐる。
「奴の鎧に紋章が刻まれていた。薔薇…というか、花弁の多い花のような形状でな」
 王家の儀礼に関わる機会が多い兵士長であっても、そのような紋章を持つ国や貴族に心当たりはないらしい。
 天使たるユールも人間の紋章についてはあまり詳しくない。こんな時、ラフェットの図書室が使えればと歯噛みする思いだった。
 ふと、熱い視線を感じて彼女が顔を上げると、兵士長の隣で手当てを受けている若者が、こちらを見ていた。
 正確には、包帯に覆われた兵士長の胸を見つめている。
(兵士長の傍で眠れるなんて、ボクは今最高に幸せです!) 
(うわー…) 
 天使ユールは、若者の発せられない言外の言葉を一字一句正確に聞き取ってしまった。急な寒気に襲われ、身をすくめる。
「どうした。怖気づいたか」
 勘違いした兵士長に揶揄われたが、正直に理由を話すわけにもいかず、ユールはあははと乾いた笑いで誤魔化すしかできなかった。セラパレスに心配そうに見つめられ、大層申し訳ない気分も味わった。
 城の外に出ると、日はすっかり翳り、夜の闇がそろそろ空を覆いつくそうとしている刻限だった。
 ルイーダの酒場で夕飯を付き合ってくれるというセラパレスと共に、ユールは宿へ戻るべく歩き出した。
「今から帰れば、夕飯にちょうど間に合いますね」
 呑気なユールを、何か言いたげにセラパレスが見やった。
「…何か?」
「いや何でも。ああ、あれが立て札だよ。今更な気もするが、見ておくといい」
 立て札には「我が国に黒き鎧を身につけた正体不明の騎士、現る。騎士を討たんとする勇敢な者、我が城に来たれ。素性は問わぬ」という文言と共に、国王の紋章が燦然と輝いていた。
「よかった。素性を問われたら危ないところでした」
 ユールのどこかズレた感想に、セラパレスの眉根が盛大に寄った。
 その顔が、弟子に手を焼くコルズラスそっくりで、ユールは思わず笑ってしまった。
 宿屋の玄関をくぐると、ジェームズが出迎えてくれた。
「おかえり、ユール。街はどうだった?さっそくお友達ができたみたいだね」
「広くて賑やかで面白い街ですね!お城にも行ってきましたよ」
 それはすごい、と目を丸くする彼から、宿泊の準備ができたこと、荷物は既に客室に運び込んであることなどを聞く。宿屋のカウンターで忙しく動き回っているリッカと目が合ったが、笑顔で会釈し合うに留める。積もる話はあとでゆっくりと、だ。
 ルイーダの酒場は女店主のご帰還を祝い、それなりに混雑していた。2人が店内で空席を探していると、「お嬢さん、こっち空いてるわよ」と聞き覚えのある柔らかな声に呼び止められた。
「メルさん!」
「来ていたのか、メル」
 魔法使いメルフィナが、ワインのグラスを片手に手招きしている。彼女と共に食事を摂っている男性は、こちらに背を向けているので顔が見えない。
「夜の帳は、お役に立ったかしら?」
「ま、まだ渡してません…」
「あらあら」
 くすくすとメルフィナに笑われながら椅子を引いて席に着く。すると、メルフィナの連れの顔が良く見えた。
 明るい茶色の髪を短く刈り込んだ細身の青年で、弓なりになった眉と垂れ気味の緑の目が面白そうにユールを見下ろしていた。
「店長。子供連れで酒場に来るなんて珍しいな」
「食事に来ただけだ」
「へえ…。で、そのお子様が、セントシュタインの救国の英雄ってわけか」
「相変わらず耳が早いな」
 全く動じていないセラパレスと若者を見比べて、ユールは一人「どこから聞いたの?」と疑問符を飛ばしていた。
「ユール、おかえりなさい。あなた早速やらかしたわね?」
 彼らが座るテーブルに飲み物を運んできたルイーダが、呆れ半分愉快半分で話しかけてきた。
「ルイーダ。もう噂で聞いていると思うが、彼女に協力してくれそうな者を何人か紹介してやって欲しい」
 受け取ったお茶に口をつけ、セラパレスが言った。
「オーケー。任せて!さてユール。討伐に行くのに、どんな仲間をお望みかしら?」
 いきなりこう問われて驚いたユールは、咄嗟のイメージで答えた。
「ええと、私は攻撃も回復もある程度できるので…攻撃が得意な人と回復が得意な人、あと魔法で魔物を一掃できちゃう人がいいです」
 ルイーダはテーブルに並ぶ4人を順繰りに見つめ、ぷっと吹き出した。
「あら、解決じゃない」
「ちょっと待ってくれ。私も頭数に入っているのか?ただのしがない薬屋だぞ」
「店長、仕入れでしょっちゅう辺鄙な所に出かけてるだろ。並みの冒険者よりは慣れてると思うがな」
「アスラム…」
 くくっと軽く笑って酒を呷った青年は、アスラムというらしい。
 ルイーダが飲み物と食べ物を置いて立ち去り、4人だけの食卓を囲む。
「じゃあ、改めて自己紹介しましょうか。私はメルフィナ。旅の途中でこの街に立ち寄ったの。魔法使いをやっているわ。アスラムとはこの街で出会って、2人で便利屋というか、いろいろなことを請け負いながら生活しているの。ちなみに、彼は武闘家」
「よろしくな、お嬢さん。アスラムだ。で、この渋い顔してるのが薬屋の店長セラパレス。独学ながら僧侶の魔法も勉強してて普通に使いこなしてる」
「あくまでもどきだと、おっしゃってましたね。せっかく才能をお持ちなのに、もったいないです」
「そーだそーだ。黙ってりゃ分かんねえんだから、もう僧侶でいいじゃねえか、なあ?」
 ねえ、と会って5分で意気投合している様子のユールとアスラムに、残り2人は顔を見合わせて笑うしかない。
 メルフィナがグラスに手酌で酒を注ぎ、言った。
「で、あなたは何者なのかしら?」
「先程、素性を問われたら危ないところだとか言っていたな」
「その年でワケアリだってのか?おいおい勘弁してくれよ」
 3人に寄ってたかって素性を聞かれた天使ユールは、正直に言うべきか適当に誤魔化すべきか迷った。盛大に。
「どーすんのユール。言っちゃうの?」
 サンディが心配半分面白半分に尋ねてくる。
 あーうーと呻くばかりでは、大した時間稼ぎにもならない。
「ああ、師匠、力をお貸し下さい…。せいっ!」
 今は遠く離れた師に祈りながら、ユールは目の前にあったメルフィナのグラスを手に取り、椅子の上に立ち上がり、一息に酒を呷った。
 慌てて止めさせようとする大人たちをびしっとグラスを突きつけ制止し、彼女は厳かに告げた。
「お聞きなさい、人の子よ。地上に降りたわたくしの物語を」
 そして、今まであったことを包み隠さず全て話した。黒騎士討伐のための一時の仲間とは言え、適当な嘘で誤魔化すことはどうしてもできなかったのだ。
 これで気味悪がられ、最悪街を追い出されても仕方がない…。そういう覚悟で語り終えた彼女は、とすんと椅子に崩れ落ちた。メルフィナのグラスをテーブルにそっと戻す。
 アスラムもセラパレスもメルフィナも、彼女を見つめたまま無言だった。皆には見えないサンディも、ぽかんと口を開けたまま黙っていた。
「君は、本当に…」
 重々しく口火を切ったのはセラパレスだった。気持ちを落ち着けようというのか、残っていたお茶を飲み干した。
「伝統と格式ある家柄の、旅芸人なんだな。その幼さで、家門が脈々と受け継いできた芸事を見事に体現している」
「人里離れた場所で修行に明け暮れていたってわけか。そこらのオコサマとは迫力が違うぜ」
 アスラムが乾杯、と手にしたグラスを目の高さに持ち上げた。
 メルフィナは無言のままだ。
「旅芸人…あれだけ暴露しても旅芸人…あはは…。ユール、アタシ先に部屋に戻ってるね。オヤスミ…」
 サンディはユールを置いてヨロヨロと飛び去っていってしまった。
「あの…」
 更なる誤解を解こうと言を重ねようとしたユールの腕に、ほっそりとした指がからみついた。
「自己紹介はこれくらいで十分でしょう。黒騎士討伐、私たちと一緒に行くってことでいいかしら?」
「はい…ぜひ…是非お願いします!」
 何度も頭を下げているうちに、ユールはくらくら眩暈を起こしてテーブルに突っ伏してしまった。
「あら。大変」
「こいつ、メルの酒思いっきり飲んでたよな。明日二日酔いで使い物にならないんじゃないのか?ダメだったら置いてくからな」
「二日酔いに効く薬を置いていくから、忘れずに飲みなさい。いいね?」
 3人に口々に窘められ、うんうんと頷きながら、ユールは仲間ができたという安堵で力が抜け切ってしまっていた。
 顔も体も緩み切り、うへへなどと気味の悪い笑みが零れそうになり、必死に堪えるのに精一杯だった。
 食事を終え、仲間たちと「また明日」と手を振り別れたユールは、従業員控え室で休んでいたリッカに今日の出来事を興奮気味にまくし立てた。
 リッカも昼間の疲れが吹き飛んだかのように驚いたり笑ったり怒ったり、と忙しく聞き役に徹していた。
 夜が更けても話は尽きず、ますます盛り上がる2人を見かねたルイーダにそれぞれ自室へと追い立てられてしまった。「夜更かしは美容の敵」と言われても、ユールにはいまいちピンと来てはいなかったが。
 宿屋の廊下は全く人気が無かった。時間帯云々だけでなく、宿泊客が少ないこともあるのかも知れない。あてがわれた客室が真っ暗だったので窓のカーテンを開けると、月明かりで部屋の様子が見て取れた。
 ベッドの枕に埋もれるようにしてサンディが眠りこけている。ユールの立てる物音にも目を覚まさないほど、ぐっすり熟睡しているようだった。
「…運転士は、眠るんですね」
 人間の仲間を得たその日の夜に、天の箱舟に関する小さな秘密も知ってしまった。ユールの顔は自然と綻んだ。

2011年1月6日木曜日

王国の危機

 ユールは薬屋の店主セラパレスと共に、セントシュタイン城へ向かった。
 セラパレスはセントシュタインで生まれ育ち、独学で薬学と治療学を学んだ「僧侶もどき」。もどきとは本人の弁で、神学を修めていないので僧侶を名乗るのに抵抗があるのだそうだ。
 豊富な薬学の知識を見込まれ、王室お抱えの薬師として出仕を勧められても「宮仕えは向いていない」と断っていると聞いて、ユールは驚いた。
「今のままでも十分やりがいはあるし、稼ぎもあるし。わざわざ堅苦しい王宮で働かなくてもと思ってね。自分の目の前にいる人を助けるのが、私の務めだと思うから」
「つとめ、ですか」
 自らの進むべき道を思い定めた者は強い。規模は違うが、守護天使も自身の庇護下にある人間たちを守る点では同じだ。
 跳ね橋を渡り、城門前での簡単な手続きを経て、彼らはあっさり城内に入ることができた。
 セラパレスは階上へ続く大階段を指差し、言った。
「この上が広場だよ。階段を上がった後ろの扉から外に出るんだ。一人で大丈夫かい?」
「ここまで来れば迷いようがありません。大丈夫です」
 ユールはどんと胸を張る。それもそうだねと彼は笑って、
「私は兵士たちの詰め所にいるから、用事が終わったらおいで。場所はこの奥の左の塔の2階だ」
「はい。ではまた後で」
 足取りも軽く大階段を登ったユールは、目の前に聳え立つ重厚な扉に釘付けになってしまった。
「この扉は…」
「いかにも王様がいますってカンジー」
「ですよね。その割には、誰もいませんが」
 扉の向こうに国王がいるはずなのに、衛兵が一人もいないのだ。
 何となく大扉に近づいたユールは、聞こえてきた会話に耳をそばだてた。サンディも同じく扉に張り付いている。
「何度言えば分かる!あの者に会いに行こうなど、このわしが許せると思うのか!?」
「ですがお父さま、あの黒騎士の目的はこのフィオーネです!わたくしが赴けば民は安心して暮らせることでしょう」
「我が娘をあんな不気味な男に差し出すなどとんでもない!」
「…何、親子ゲンカ?」
 サンディと顔を見合わせ、ユールは言った。
「黒騎士って何のことでしょうね。…あ、開いた」
「さ、さすがに怒られると思うんですケドっ」
 軽く扉を押したら開いてしまったので、ユールは腹をくくって中に入ることにした。
 人払いをしていたのだろう。中央に玉座が据えられた大広間にも兵士の姿は無かった。
 床に敷かれた絨毯が足音を消してしまう。言い争いを続けている王と姫も、玉座に腰掛け泣き崩れている王妃も、誰もユールの存在に気づいていない。
「大丈夫なの、この国…」
 サンディががっくりと肩を落としているが、当然ながら人間たちには見えない。
 (おー、王様だー)
 きょろきょろと緊張感なく周囲を見回している少女の姿を見咎め、玉座の国王が立ち上がった。
「おぬし、誰の許可を得てここに参ったのだ!答えよ!」
「えっと、許可というか…」
「ほらー、やっぱり怒られたじゃん!謝っちゃいなさいよユール!」
 サンディにせっつかれ、ユールが答えあぐねていると、国王が何やら得心がいった顔でポンと膝を打った。
「そうか!おぬし、黒騎士討伐に名乗りを上げに来たのだな!?あやつめを倒すのに力を貸してくれるというのだな!?」
「お父さま!こんな小さな子が黒騎士討伐などできるわけがないでしょう!?きっとただの迷子ですわ!」
 父を止めるべく声を荒げる姫と、流れ落ちる涙を拭いもせずユールを見つめる王妃。
「…何か、お困りのようですね。私にできることでしたら」
 悩み苦しむ人の子を放っておくことなどできない。片手を胸に添え、深々と一礼して、ユールは言った。
 翼も光輪も無くしたとは言え、天使の名は伊達ではない。人にあらざるものの気迫、冒しがたい神性が彼女の小さな体から放たれていた。
「うむ。…うむ、こちらへ来よ、幼き戦士。名は何と申す?」
「ユールと申します。国王陛下」
 一早く立ち直った国王が、ユールに話しかけた。不審者としてつまみ出されるどころか、すんなりと話が進んでいることに驚くと共に安堵し、サンディはやれやれとため息をついた。
「これって、守護天使効果…ってヤツ?」
 それとも人間が単純にできているだけなのか。ひとまず判断は棚上げとし、彼女も国王の話に聞き耳を立てる。
「先日、この城に異形の黒騎士が現れ、我が姫を拐かそうとしたのだ。兵士たちがあやつの魔の手をどうにか退けたが、黒騎士は去り際に、明後日の夕刻までに姫をシュタイン湖へ連れてくるよう言い残した。わしはその言葉を黒騎士の罠だと思っておる。わしがシュタイン湖に兵を送り、城の守りが手薄になった所で、あやつは攻撃を仕掛けてくるに違いない!それ故、わしはおぬしのような自由に動ける者を欲しておったのだ」
「明後日とは!もうあまり時間がありませんね」
「そうじゃ。おぬしにはすぐさま出立してもらいたい。できるか?」
 ユールがこっくりと頷く横で、フィオーネ姫が目を潤ませイヤイヤと首を振った。
「ああ、お父さま…。わたくしの言うことを少しも聞いてくださらないのね…っ!」
「これ、フィオーネ!」
 泣きながら走り去った姫を気遣わしげにユールは見送った。横の王妃は顔を覆ってさめざめと泣くばかりだ。
 己の感情が静まるのを待って、国王はユールへとため息混じりに語りかけた。
「すまぬな。あれは心優しい娘ゆえ、己のせいでこうなったのだと責任を感じておるのだ」
 姫のことが心配だが、残念なことに、今の彼女にできることは何もなさそうだ。
 ゴホンと一つ咳払いをし、居住まいを正した国王が、ユールに厳然と命を下した。
「ユールよ。これよりシュタイン湖に赴き、黒騎士の所在を確かめて参れ!もしそこであやつとまみえた時には、おぬしの腕の見せ所ぞ。そのまま黒騎士を仕留めてまいれ!この国の喉元に突きつけられた黒き刃を、おぬしが打ち払うのだ!」 
「はい、陛下。ご期待に沿えるよう、全力を尽くします!」
 膝を折って、ユールは平伏した。
 玉座の間を辞し、本来の目的である天使像の元へ来たユールは、像が何の反応も見せないこと、この街の守護天使たちの気配が全く感じられないことに落胆していた。
 オレンジ色の夕陽に照らされた逞しい男性の天使と、たおやかな女性の天使。対になった像はよく手入れされ大事にされているのがよく分かる。
「ボルタス様。ちゃんと大事にされてるじゃないですかー…」
 何とか言えと天使像の足元に蹲り、のの字を書いているユールを、サンディが容赦なくつついた。
「どーなのユール。アタシは何にも感じないんですケド。天使界につながる手がかりっぽいのはあり?なし?どっち?」
「残念ながら、無しです」
「でも、ここの人たちみーんな黒騎士に困ってるんだよネ?これは人助けのチャンスだって!これだけ多くの人に感謝されて星のオーラが出れば、神様もアタシたちのこと見つけてくれるハズ!よし、何か希望が見えてきたんですケド!それじゃあさっそく黒騎士退治に行っちゃいますかっ!」
 できぬことを嘆いていても仕方が無い、今はできることをするべき時だ。幸か不幸か、黒騎士の提示した期日まであまり間が無い。悩み迷う時間がないことに感謝すべきかも知れない。
「…そうですね。シュタイン湖に行ってみましょう。明日」
「あしたぁ!?アンタ天使でしょ、昼夜関係なく動けるでしょっ」
「夜間の外出は魔物がウヨウヨいるから危険ですよ」
「魔物くらい、かるーくぶっ飛ばしなさいっての、もう…」