2011年11月28日月曜日

遺跡調査



 夕暮れ迫るベクセリアの街角で、ユールは呆然としていた。
「ルーフィンさんに置いていかれました…!」
 アスラムは顔をしかめ、セラパレスとメルフィナは事情が分からずきょとんとしている。
 4人に向き合うエリザがすまなそうに笑った。
 ベクセリアの街に蔓延する流行り病の対処法について町長に報告したユールたちは、祠へ赴くルーフィンの護衛を任されることとなった。
「あー、あいつものすごく面倒くさそうだったからな。行きゃあいいんでしょって」
 アスラムの言う通り、ルーフィンは舅への意地からひねくれてしまっており、妻のエリザが宥めてもおさまらぬほどだったのだ。
「出発前に仲間を連れてきますねって一度彼と別れたんですが、皆さんと合流している間に…」
「ユール。祠の鍵はどうした」
「ルーフィンさんに渡してそのままです」
 護衛いらないんじゃないのか、と全員の顔に書いてあるのをユールは見た。彼女も同感だ。
「話を整理させてちょうだい。考古学者にして町長の娘婿のルーフィンさんが流行り病の原因と解決法を突き止めた。町長は私たち旅人に祠に入る許可と鍵をくれて、ルーフィンさんの護衛を依頼した。でも肝心のルーフィンさんが一人で先に行ってしまった。こういうことね?」
「うちの主人が皆さんにゴメーワクをおかけし…ゴホン!何かすみません、本当に」
 メルフィナが簡潔にまとめ、ケフケフと咳き込みながらエリザが謝る。
 護衛対象が不在で、当面やることがない。ユールたちは今後の事を相談するため、街の入口へと移動した。
「ルーフィンさんによると、街から祠まではほぼ一本道です。しかし、大地震の後から魔物たちがうろつくようになっているし、もう日暮れです。無事でいてくれればいいんですけど」
「学者先生は大丈夫だと判断して先行したんだろう。私たちも彼も目的地は同じ。すぐに追いかければ問題ないはずだ」
 言い切ったセラパレスの顔を見上げ、ユールはのろのろと言った。
「すぐってこれからですよね…。徹夜仕事ですか…」
「コラー。天使が徹夜嫌がるとかどーなのよ」
 すかさず、サンディからグーでツッコミが入った。
「宿屋は休業状態なのだから、ちょうどいいわ」
 それに、とメルフィナが付け加えた言葉にユールははっとした。
「エリザさんのためにも急いだ方が良さそう。咳が出ているなら、既に寝込んでいてもおかしくないのだから」
 メルフィナはセラパレスと共に教会で病人の看護を手伝っていた。病がどのような進行をたどるのか、間近で見てきたのだった。今のところ死者は出ていないが、新たに病を発症し寝込む者が日に日に増えている。
 手遅れになる前に、とユールたちは祠を目指して出発した。街道を西へ歩き出して間もなく日が沈み、肌寒くなってきた。
 街道は見通しの良い平地な上、月の明るい晩なので一行は特に危なげなく進むことができた。
 休憩も寄り道も無しに、夜通し歩いたユールたちが祠に到着したのは、明くる日の昼前だった。
 祠の入口では、ベクセリアの考古学者ルーフィンが憮然とした面持ちで佇んでいた。
「遅かったじゃないですか。えーと、ユールさん?ぼくの言った通り、地震のせいで祠の壁が崩れて遺跡がむき出しになってます。こうなると病魔の封印もどうなっているか分かったもんじゃないですね」
「やはり、そうでしたか」
 ユールが相槌を打つが、ルーフィンは意に介さず、
「あなたがたの仕事はぼくの護衛ですよね。お義父さんに雇われたなら、しっかり働いてくださいね」
「てゆーか、おはよーのアイサツも無し?やっぱり問題アリすぎじゃね、この人?」
 サンディが渋い顔で文句を言い、この野郎…とアスラムが小さく毒づいたのを、ユールは聞かなかったことにした。
 祠は狭く、突き当たりの壁に大きな穴が開いていた。
「地震で扉ごと崩れてしまったようですね。ここから中に入ります」
 ユールの目にはかつて扉があったように見えないのだが、2本の鍵をブラブラさせながらルーフィンが言った。片方が祠の入口、もう片方が奥の扉の鍵なのだろう。
壁の穴をくぐった先に、いきなり巨大な石碑が立っていた。
「二人の賢者の目覚めし時、赤き光と青き光が蘇る。導きの光照らし出す時、閉ざされし扉は開かれん…と書かれています。この遺跡の仕掛けのヒントとなる言葉ですよ」
「賢者も扉も、とりあえず近くには見当たりませんねえ」
 ルーフィンの解説を聞き、ユールが辺りを見回した。石碑の先の通路は行き止まりになっている。
 遺跡の内部は青みがかった石で作られた迷路になっていた。道幅はさほど広くはないがまっすぐ通路が伸びており、先日の大地震や経年で壊れている所も無く整然としていた。
 水を得た魚のように生き生きと遺跡の中を歩き回るルーフィンに先導され、一行は奥へと進んでいく。
 石碑から向かって右の通路を行くと、巨大な柱が道の真ん中に据えられていた。鏡張りの前面が微妙な角度で壁に向けられている。
「何故こんな所に鏡が…」
「ちょっと、触らないで下さい!それ向きをきちんと計算してあるんですから」
 柱に触ろうとしたユールをルーフィンが叱りつけた。
「すみませんでした。ところでこれは一体何なのですか?」
「奥に行けば分かります」
「ってか、いつ計算なんかしたんだよ、あんた」
 アスラムがもっともな疑問を投げかけた。
「以前、エリザとここに遊びに来まして。その時に柱をいじったら動くことが分かったんです」
 所謂デートというやつですね、とルーフィンが眼鏡を押し上げ、言った。
「陶器の馬の魔物とか人魂とかミイラがウヨウヨしてるぞ。デートも命懸けだな」
「彼女を連れてきた時はこんなに魔物は出ませんでしたよ。聖水もありましたし」
「じゃあ、ルーフィンさんはこの柱の仕掛けを全て解いたというわけですか?」
「いえ…最後の最後というところで、エリザの門限があって引き返したんです」
「町長さんが聞いたら倒れてしまうわね」
 メルフィナが前方に現れた人魂に鞭を振るいながら言った。鋭い棘を編みこんだ茨の鞭はひゅんひゅん危険そうに唸りながら魔物たちを薙ぎ倒してゆく。
「あらユール。足元にメタルスライム」
「ぎゃっ!」
 即座に飛んだ鞭とメタルスライムの両方に驚き、ユールは慌てて飛びのいた。
「姐さんカッコイー。つか、魔法いらなくね?」
 サンディが言うのももっともだ、とユールは思った。
 十字路を通過する度に目にする鏡の柱。遺跡の規模を考えても、多すぎるくらいに設置されている。
(赤き光と青き光を反射させるのでしょうけど、普通に迷路の四隅に置くのではダメなんですかねえ)
と、ユールは歩きながら考えをめぐらしたが、さっぱり答えが思いつかない。
 1時間ほど迷路を歩いた一行は、賢者の像の前まで来た。
像は両手を胸の前で組み、長衣を纏った姿をしている。これに翼をつければ守護天使像だな、とユールは思った。
「おそらくこの辺りに…。よし、あった。皆さん、下がっていた方がいいですよ」
 言うなり、ルーフィンが賢者の背中にある仕掛けを動かした。赤い光が像の目から放たれ、通路に沿って伸びていった。
 遺跡のさらに奥、赤き光の賢者の対になる位置に、青き光の賢者の像があった。同じように仕掛けを動かすと、2色の光は迷路を曲がりくねりながら石碑の方へ集まっていく。
「ああ、それで鏡があんなにたくさんあったんですね!」
 光に沿って来た道を戻ったユールは、ようやくこの遺跡の仕掛けを理解した。赤と青の光を浴びた石碑が鍵となり、奥の行き止まりに通路を出現させていたのである。
「この先に病魔が封じられているのか。ユール、メル、何か感じるか?」
 セラパレスに呼ばれた2人は揃って首を振った。
「封印の効力が生きているということでしょうか」
「それならいいが、念の為に準備しておこう。何が起きるか分からないからね」
 セラパレスとユールが手分けして全員に回復魔法をかけた。
 新たに出現した通路の奥はやや大きめの部屋になっており、中央に小高い壇が設けられていた。以前は壇上にあったのだろう壷がごろりと床に転がっており、破片がいくつか周囲に散らばっている。
 素焼きの壷にあしらわれた手作り感溢れる文様は、課せられた役割に似合わぬ素朴さだった。
「おおっ…古文書で見た通りです。あそこに転がっているのは病魔を封じていた封印の壷。やっぱり地震で壊れてしまったようですね」
 ルーフィンが壷に駆け寄った。彼が指差した先に、病魔パンデルムを封ずとあるのを、ユールたちもはっきりと見た。
「封印の紋章が描かれた部分は壊れてないな。これなら楽勝だ。一流の考古学者なら、これくらいのモノを直すのなんて朝飯前ですよ」
 人一人は軽く入れてしまうほどの大きな壷を転がしながら、ルーフィンは不敵に笑う。
 修復作業の邪魔になるといけないので、ユールたちは壇から離れた所で待機することにした。
 上着のポケットから取り出した接着剤(特製ですよ、と見せびらかしてきた)で破片をくっつっけていく彼を見守っていたユールの目の前が、ふと歪んだ。
「ん?」
 目のかすみかと思ったが、もやもやしたピンクの雲がルーフィンの頭上に現れた。緑や紫のガスが細く長くたなびいている。
 ピンクの雲に目鼻ができ、封印の修復を阻止せんと恐ろしげな声で叫び回る。
「なんジに病魔のワザワイあレ!あレ!あレ!」
「うわ!何かヤバそうなのが出てきたんですケド!」
「ルーフィンさん!離れて!」
ユールの声に、作業に没頭していたルーフィンがふと顔を上げ、凍りつく。
「これが病魔パンデルムか…!あー、ほらほら皆さん、ボーッとしてないで!病魔の相手はそっちの仕事でしょ?あなたがたが戦ってる間にぼくがこの壷を直しちゃいますから、時間を稼いでくださいよ!」
「そっちこそ、もたもたしてると巻き込まれるぜ?」
 ルーフィンの減らず口をアスラムがまぜ返した。
 パンデルムは亡霊なのか瘴気なのか、ユラユラと捉えどころのない相手だ。打撃も呪文もそれなりに効き目があるのだが、パンデルムが身をくねらせる度にユールたちの体が重くなり、守りが薄くなるようだ。
「ボミオスにルカナンか。嫌らしい技を使う奴だ」
 セラパレスがユールとメルフィナに優先してスカラをかけるのだが、守りの力を上げたそばから下げられてしまう。
「くそっ、キリがない!」
「セラパレスさん。ボミオスで最悪後手に回っても攻撃できますし、ルカナンも無視しましょう!痛いのは我慢です!」
「分かった。回復は私に任せなさい」
 呪文で弱体化させられているとは言え、ユールたち4人はパンデルムに一発殴られたくらいではビクともしない。
 セラパレスのホイミに支えられ、アスラムの拳とユールの剣、メルフィナの呪文が病魔の力を確実に削いでゆく。
「お?どうしたメル。鞭は止めたのか?」
「この魔物、ぶっても手応えがないのよ。物足りないわ」
 相手に先手を取られ続ける状況でも軽口を叩くアスラムに、メルフィナが軽口で返した。
(セラパレスさんのホイミが尽きる前に何とかしないと…)
 いざとなったら自分も回復に回ろうという心配を胸に、ユールがアスラムを応援した。直後、威力の増した蹴りを食らったパンデルムが高く吼える。体を形作っていた靄が消えて行き、最後に残った病魔の目玉がボトッと2つ床に落ちた。

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