2010年8月27日金曜日

叱責

 ニードとユールが村へ到着した頃には、もうすっかり日が暮れていた。報告のため、彼らはまっすぐ村長の家へと向かった
「ただいまー!」
 と、勢いよく玄関のドアを開けて駆け込んできたニードを、居間でくつろいでいた村長が冷ややかに迎えた。
 昼間からブラブラと遊び歩いている息子に小言を言うのが日課となって久しい村長だが、その冷ややかさは小言で終わるようなレベルではなかった。
「親父!峠の道は完全にふさがってたけど、お城の兵士たちが土砂の撤去作業を始めてたぜ。復旧までには数日かかるってさ」
「そうか」
「村の連中がこのことを知ったら、きっと安心するぜ。我ながらいいことしたなぁ」
「何を得意げになっておる!2人だけで峠の道まで行くなど危ないだろう、この馬鹿者がっ!!」
 テーブルをダン!と叩いて村長が立ち上がった。
「何怒ってんだよ親父。オレたちが行って見て来なきゃ分かんなかった最新情報だぜ?」
 怒鳴られたニードはキョトンとしている。
 ユールは、村長の怒りの理由の見当がつき、部屋の隅で小さくなっていた。
 運良く大物に出くわさなかったとはいえ、魔物の出る中をたった2人で出かけたのだ。
 兵士による復旧作業についても、道が開通すればおのずと分かること。今すぐ知らねばならない内容でもないのだった。
 見聞きするもの全てが新鮮でついついはしゃいでしまったが、一つ間違えば命に関わる危険な行動だったのだと、彼女は今更ながらに反省した。
 ニードはまだ怒られたことに釈然としていないようだったが、忘れずにもう一つの用件を村長に告げた。
「親父、お城の兵士が言ってたんだけど、ルイーダとかいうねーちゃんがこの村に来る途中で行方不明になってるんだってさ。どうもキサゴナ遺跡を通ったんじゃないかって」
「ちょっと!その話、本当なの!?」
 驚いた一同が振り返ると、リッカが居間に駆け込んでくる所だった。
「リッカ!何でここに…」
 スタスタと部屋を横切ったリッカは、驚きのあまり固まっているニードの前に立った。
「何でって、あんたがユールを村の外に連れ出したりしてるからでしょう!?こんな小さい子を危ない目に遭わせて!」
「リッカから、お前とユールがなかなか戻らないと聞いてな。ここで帰りを待つよう勧めたのだ。…随分と長く待たされたものだが」
 ジロリ、と村長が息子を睨んだ。
「村長、リッカ。ご心配をおかけしてすみませんでした」
 ユールは2人に頭を下げた。寄り道で帰りが遅くなった件については、彼女にも大いに責任がある。
「もう2人とも無茶ばかりして…それより、セントシュタインのルイーダさんが行方不明ってホントなの?」
「そういえば、お前はセントシュタインの生まれだったな。知り合いかね?」
 村長の問いかけに、リッカがうなずく。
「確かルイーダ…だったと思うんですけど、父さんのセントシュタイン時代の知り合いでそんな名前の人がいたはずなんです。もしかして、ルイーダさんは父さんが死んだことを知らなくて、会いに来ようとしてたのかも…」
 あらかた話を聞き、村長は眉根を寄せ、どっかりと椅子に腰掛けた。
「そのルイーダという女性は、まだこの村にたどり着いていない。そうだな、リッカ?」
「はい。大地震の後、お客様は一人もいらしてませんから」
「峠の道は通行止め。ルイーダはキサゴナ遺跡を通ったかも知れない。うむ…。心配なのはもっともだが、探しに行くのは危険すぎるな」
 この場にいる誰もがルイーダの身を案じていたが、現時点で出来ることは何一つない。居間は重い沈黙に包まれた。
「とにかく、峠の道の復旧を待つとしよう。ルイーダもどこかで時間稼ぎをしているのかも知れん」
 村長の決定に、異を唱える者はなかった。
「リッカ。今日のところはユールを連れて帰りなさい。あまり思いつめぬようにな。わしはこれからこのバカ息子をこってり絞ってやるとしよう」
「ええっ!?そりゃねーぜ、親父ぃ!」
 ニードの悲鳴を尻目に、リッカとユールは村長の家を後にした。ユールは彼の受けるお仕置きがあまり酷くないことを女神に祈った。
 家へ戻る途中、ユールはリッカに聞かれるまま、昼間の冒険について話した。
「あなたがニードと村の外に出たって聞いて、ホントに驚いたんだから!でも全然平気そうだね。ユールって私が思ってるよりずっと強かったんだ…」
 ユールは続く言葉を待ったが、リッカはそれ以上何も言わず、2人の間に奇妙な沈黙が流れた。
 発せられない言外の願いは、ユールにも容易に察しがついた。彼女とて行方不明の女性のことは気になっている。
 天使であるユールは夜でも問題なく動ける。リッカにこれ以上心配をかけたくないので、こっそり夜中に村を抜け出すかとも考えた。
 しかし、余所者であるユールは良くも悪くも目立つ存在だ。村人に出歩いているところを見咎められたら、彼女の面倒を見ているリッカにも迷惑がかかるだろう。
 八方塞がりの状況に、ユールはため息をついた。
(何とかして誰にも見つからないように村を出なくてはならないな。翼があれば簡単なのに)
 ユールがふと隣を見ると、リッカが立ち止まって、すっと祈りのしぐさをした。
「今、私たちに出来るのは、彼女の無事を祈ることだけだわ。…守護天使ユールさま、どうかルイーダさんをお救い下さい…」
 目を閉じ、静かに佇むその背中を見守りながら、ユールは祈りに応えられない悔しさに唇を噛んだ。人の子の祈りが発せられたというのに、それを受け止めずして何が守護天使か。天使の力を失った己が歯がゆくてならなかった。
 家で夕食の準備を手伝いつつも、ユールはずっと上の空で、リッカが何か言ってもまるで聞いていないような有様だった。
「今日は遠出をしたから疲れておるのじゃろう」
 などとリッカの祖父が労わってくれたが、村を出る算段をあれこれ考えるのに忙しいユールは曖昧に返事をするだけだった。
 体調を心配され、早々に押し込まれた寝床の中で、ユールはリッカの祖父の本棚から失敬してきた書物をひもといていた。その本には、キサゴナ遺跡に関する伝承の類がかなり詳しくまとめられている。
 天使界に戻れればもっと正確な情報が得られるのだが、今はできる範囲で何とかしていくしかない。
 実際に行ってみないと分からない点はあったが、まだ遺跡が道としての役目を果たしていた頃の地図なども見つけ、事前の予習としては上々の出来だった。
 残る一つの課題、村からの脱出方法についてはさっぱり名案が思い浮かばず、あっという間に夜明けが来てしまった。
 朝からどんよりと疲れた顔で、ユールは朝食の席についた。
「ユール、大丈夫?何か元気がないみたい…まだ昨日の疲れが残ってるのかな?」
「いえ、その、大丈夫ですよ。ちょっと眠くてボーっとしてしまって…」
 食べ終えた皿を片付けながら、ユールがリッカと台所で話していると、玄関の扉をドンドン叩く音がした。
 昨日と同じように、ニードがユールを迎えに来たのだ。今日は子分も連れて来ている。
「ニード、この子をまた危ないことに巻き込むつもりじゃないでしょうね」
 挨拶もそこそこに、リッカがニードを睨む。
「ちげーよ!昨日の罰ってことで、親父から村の井戸掃除をしろって言われたんだよ。村の井戸全部だぜ?っったく面倒くせぇ…。おいユール、共犯なんだからお前もやるんだぞ」
「2人でやれば今日一日で終わるだろう、とニードさんはお考えなのさ」
 共犯という彼の言い分ももっともだ。これも自分の果たすべきつとめ、と自らに言い聞かせ、ユールはしぶしぶ彼らと合流した。

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