2011年1月13日木曜日

仲間たち

 兵士の詰め所に向かう途中、ユールはすれ違う人々から「救国の英雄候補」として熱い視線を浴び続けた。
 あんな小さいのに剣の達人だの呪文の使い手だの、早くも噂に尾ヒレ背ビレが付きまくっている。
 セラパレスは事の顛末を顔なじみの城の者から聞いていたらしい。ユールの顔を見るなり盛大にため息をついた。
「一体どうしてこんなことに。立て札で黒騎士討伐の志願者を募っているのは知っていたが、よりによって君が名乗り出るなんて」
「立て札?」
「見ないで引き受けたのか!安請け合いもここまで来ると悪ふざけとしか思えないな」
 ついにセラパレスは頭を抱えてしまった。
「まあまあ。陛下の御前で引き受けると宣言してしまったものを、今更引っ込めるわけには参りますまい」
 医務官のバートンが苦笑いで取り成してくれた。
「陛下はこの子一人で討伐に行けとお命じになったわけではないのですから、まだ道はあります」
「そうですね。…ユール、私に何人か心当たりがある。酒場で討伐に参加してくれる仲間を募って出かけるんだ。大の大人でも苦戦したほどの相手だ。警戒してしすぎることはない」
「お城の兵士さんが、黒騎士と戦って怪我をなさったんですか?」
「ああ、城一番の使い手と謳われる兵士長がね。命に別状はないが、まだ安静が必要だ」
 その兵士長は体中に包帯を巻いてベッドに横たわっていたが、鋭い眼光は全く衰えていなかった。
 討伐志願者のあまりの小ささに驚きながらも、自らが間近に接した黒騎士の様子を語ってくれた。
「流星のごとく現れ、見たこともない剣技を操り、それでいて人々を殺すことなく去っていった。剣を交えた我々であっても、戦意を失わせる程度に手傷を負わせるに留めたのだ。そして、何よりあの風貌…兜の奥に垣間見えたその顔は骸骨のようだった。何とも生気のない顔をしていた」
「兵士長は、黒騎士の目的を何だとお考えですか?」
 ユールの問いに、兵士長はしばし瞑目し考え込んでいたが、
「姫様をさらおうとしたのは確かだが、奴の目的が殺戮や略奪でないことは確かだろう。単騎で堂々と乗り込んできたあの姿。まるでどこぞの騎士のような風格が…。む、騎士…?」
「兵士長?」
 騎士という単語に引っかかりを覚えたらしい彼が必死に記憶をたぐる。
「奴の鎧に紋章が刻まれていた。薔薇…というか、花弁の多い花のような形状でな」
 王家の儀礼に関わる機会が多い兵士長であっても、そのような紋章を持つ国や貴族に心当たりはないらしい。
 天使たるユールも人間の紋章についてはあまり詳しくない。こんな時、ラフェットの図書室が使えればと歯噛みする思いだった。
 ふと、熱い視線を感じて彼女が顔を上げると、兵士長の隣で手当てを受けている若者が、こちらを見ていた。
 正確には、包帯に覆われた兵士長の胸を見つめている。
(兵士長の傍で眠れるなんて、ボクは今最高に幸せです!) 
(うわー…) 
 天使ユールは、若者の発せられない言外の言葉を一字一句正確に聞き取ってしまった。急な寒気に襲われ、身をすくめる。
「どうした。怖気づいたか」
 勘違いした兵士長に揶揄われたが、正直に理由を話すわけにもいかず、ユールはあははと乾いた笑いで誤魔化すしかできなかった。セラパレスに心配そうに見つめられ、大層申し訳ない気分も味わった。
 城の外に出ると、日はすっかり翳り、夜の闇がそろそろ空を覆いつくそうとしている刻限だった。
 ルイーダの酒場で夕飯を付き合ってくれるというセラパレスと共に、ユールは宿へ戻るべく歩き出した。
「今から帰れば、夕飯にちょうど間に合いますね」
 呑気なユールを、何か言いたげにセラパレスが見やった。
「…何か?」
「いや何でも。ああ、あれが立て札だよ。今更な気もするが、見ておくといい」
 立て札には「我が国に黒き鎧を身につけた正体不明の騎士、現る。騎士を討たんとする勇敢な者、我が城に来たれ。素性は問わぬ」という文言と共に、国王の紋章が燦然と輝いていた。
「よかった。素性を問われたら危ないところでした」
 ユールのどこかズレた感想に、セラパレスの眉根が盛大に寄った。
 その顔が、弟子に手を焼くコルズラスそっくりで、ユールは思わず笑ってしまった。
 宿屋の玄関をくぐると、ジェームズが出迎えてくれた。
「おかえり、ユール。街はどうだった?さっそくお友達ができたみたいだね」
「広くて賑やかで面白い街ですね!お城にも行ってきましたよ」
 それはすごい、と目を丸くする彼から、宿泊の準備ができたこと、荷物は既に客室に運び込んであることなどを聞く。宿屋のカウンターで忙しく動き回っているリッカと目が合ったが、笑顔で会釈し合うに留める。積もる話はあとでゆっくりと、だ。
 ルイーダの酒場は女店主のご帰還を祝い、それなりに混雑していた。2人が店内で空席を探していると、「お嬢さん、こっち空いてるわよ」と聞き覚えのある柔らかな声に呼び止められた。
「メルさん!」
「来ていたのか、メル」
 魔法使いメルフィナが、ワインのグラスを片手に手招きしている。彼女と共に食事を摂っている男性は、こちらに背を向けているので顔が見えない。
「夜の帳は、お役に立ったかしら?」
「ま、まだ渡してません…」
「あらあら」
 くすくすとメルフィナに笑われながら椅子を引いて席に着く。すると、メルフィナの連れの顔が良く見えた。
 明るい茶色の髪を短く刈り込んだ細身の青年で、弓なりになった眉と垂れ気味の緑の目が面白そうにユールを見下ろしていた。
「店長。子供連れで酒場に来るなんて珍しいな」
「食事に来ただけだ」
「へえ…。で、そのお子様が、セントシュタインの救国の英雄ってわけか」
「相変わらず耳が早いな」
 全く動じていないセラパレスと若者を見比べて、ユールは一人「どこから聞いたの?」と疑問符を飛ばしていた。
「ユール、おかえりなさい。あなた早速やらかしたわね?」
 彼らが座るテーブルに飲み物を運んできたルイーダが、呆れ半分愉快半分で話しかけてきた。
「ルイーダ。もう噂で聞いていると思うが、彼女に協力してくれそうな者を何人か紹介してやって欲しい」
 受け取ったお茶に口をつけ、セラパレスが言った。
「オーケー。任せて!さてユール。討伐に行くのに、どんな仲間をお望みかしら?」
 いきなりこう問われて驚いたユールは、咄嗟のイメージで答えた。
「ええと、私は攻撃も回復もある程度できるので…攻撃が得意な人と回復が得意な人、あと魔法で魔物を一掃できちゃう人がいいです」
 ルイーダはテーブルに並ぶ4人を順繰りに見つめ、ぷっと吹き出した。
「あら、解決じゃない」
「ちょっと待ってくれ。私も頭数に入っているのか?ただのしがない薬屋だぞ」
「店長、仕入れでしょっちゅう辺鄙な所に出かけてるだろ。並みの冒険者よりは慣れてると思うがな」
「アスラム…」
 くくっと軽く笑って酒を呷った青年は、アスラムというらしい。
 ルイーダが飲み物と食べ物を置いて立ち去り、4人だけの食卓を囲む。
「じゃあ、改めて自己紹介しましょうか。私はメルフィナ。旅の途中でこの街に立ち寄ったの。魔法使いをやっているわ。アスラムとはこの街で出会って、2人で便利屋というか、いろいろなことを請け負いながら生活しているの。ちなみに、彼は武闘家」
「よろしくな、お嬢さん。アスラムだ。で、この渋い顔してるのが薬屋の店長セラパレス。独学ながら僧侶の魔法も勉強してて普通に使いこなしてる」
「あくまでもどきだと、おっしゃってましたね。せっかく才能をお持ちなのに、もったいないです」
「そーだそーだ。黙ってりゃ分かんねえんだから、もう僧侶でいいじゃねえか、なあ?」
 ねえ、と会って5分で意気投合している様子のユールとアスラムに、残り2人は顔を見合わせて笑うしかない。
 メルフィナがグラスに手酌で酒を注ぎ、言った。
「で、あなたは何者なのかしら?」
「先程、素性を問われたら危ないところだとか言っていたな」
「その年でワケアリだってのか?おいおい勘弁してくれよ」
 3人に寄ってたかって素性を聞かれた天使ユールは、正直に言うべきか適当に誤魔化すべきか迷った。盛大に。
「どーすんのユール。言っちゃうの?」
 サンディが心配半分面白半分に尋ねてくる。
 あーうーと呻くばかりでは、大した時間稼ぎにもならない。
「ああ、師匠、力をお貸し下さい…。せいっ!」
 今は遠く離れた師に祈りながら、ユールは目の前にあったメルフィナのグラスを手に取り、椅子の上に立ち上がり、一息に酒を呷った。
 慌てて止めさせようとする大人たちをびしっとグラスを突きつけ制止し、彼女は厳かに告げた。
「お聞きなさい、人の子よ。地上に降りたわたくしの物語を」
 そして、今まであったことを包み隠さず全て話した。黒騎士討伐のための一時の仲間とは言え、適当な嘘で誤魔化すことはどうしてもできなかったのだ。
 これで気味悪がられ、最悪街を追い出されても仕方がない…。そういう覚悟で語り終えた彼女は、とすんと椅子に崩れ落ちた。メルフィナのグラスをテーブルにそっと戻す。
 アスラムもセラパレスもメルフィナも、彼女を見つめたまま無言だった。皆には見えないサンディも、ぽかんと口を開けたまま黙っていた。
「君は、本当に…」
 重々しく口火を切ったのはセラパレスだった。気持ちを落ち着けようというのか、残っていたお茶を飲み干した。
「伝統と格式ある家柄の、旅芸人なんだな。その幼さで、家門が脈々と受け継いできた芸事を見事に体現している」
「人里離れた場所で修行に明け暮れていたってわけか。そこらのオコサマとは迫力が違うぜ」
 アスラムが乾杯、と手にしたグラスを目の高さに持ち上げた。
 メルフィナは無言のままだ。
「旅芸人…あれだけ暴露しても旅芸人…あはは…。ユール、アタシ先に部屋に戻ってるね。オヤスミ…」
 サンディはユールを置いてヨロヨロと飛び去っていってしまった。
「あの…」
 更なる誤解を解こうと言を重ねようとしたユールの腕に、ほっそりとした指がからみついた。
「自己紹介はこれくらいで十分でしょう。黒騎士討伐、私たちと一緒に行くってことでいいかしら?」
「はい…ぜひ…是非お願いします!」
 何度も頭を下げているうちに、ユールはくらくら眩暈を起こしてテーブルに突っ伏してしまった。
「あら。大変」
「こいつ、メルの酒思いっきり飲んでたよな。明日二日酔いで使い物にならないんじゃないのか?ダメだったら置いてくからな」
「二日酔いに効く薬を置いていくから、忘れずに飲みなさい。いいね?」
 3人に口々に窘められ、うんうんと頷きながら、ユールは仲間ができたという安堵で力が抜け切ってしまっていた。
 顔も体も緩み切り、うへへなどと気味の悪い笑みが零れそうになり、必死に堪えるのに精一杯だった。
 食事を終え、仲間たちと「また明日」と手を振り別れたユールは、従業員控え室で休んでいたリッカに今日の出来事を興奮気味にまくし立てた。
 リッカも昼間の疲れが吹き飛んだかのように驚いたり笑ったり怒ったり、と忙しく聞き役に徹していた。
 夜が更けても話は尽きず、ますます盛り上がる2人を見かねたルイーダにそれぞれ自室へと追い立てられてしまった。「夜更かしは美容の敵」と言われても、ユールにはいまいちピンと来てはいなかったが。
 宿屋の廊下は全く人気が無かった。時間帯云々だけでなく、宿泊客が少ないこともあるのかも知れない。あてがわれた客室が真っ暗だったので窓のカーテンを開けると、月明かりで部屋の様子が見て取れた。
 ベッドの枕に埋もれるようにしてサンディが眠りこけている。ユールの立てる物音にも目を覚まさないほど、ぐっすり熟睡しているようだった。
「…運転士は、眠るんですね」
 人間の仲間を得たその日の夜に、天の箱舟に関する小さな秘密も知ってしまった。ユールの顔は自然と綻んだ。

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