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2012年1月14日土曜日

新たな使命



買い物や周辺の探検に一週間程を費やした後、ユールたちはセントシュタインへ戻った。
ベクセリア滞在中、セラパレスはルーフィンの研究室で錬金レシピの研究に勤しみ、メルフィナは武器を新調した。魔法使いらしく、鞭から杖に持ち替えることにしたらしい。
葬儀の際に街の若者と仲良くなったアスラムは、彼から友情の証として派手な服を渡された。顔を引きつらせつつも見事に着こなしているあたり、さすがだとユールは思った。
 ちなみにその若者は、恵まれた体格とガッツだけは十分な家事の才能を生かして、ルーフィンの助手を勤めることにしたようだ。
「助手を勤めるというか、勝手に留守宅に上がり込んだというか…。悪い人ではないんですけど」
「助手なのに研究室の出入りを禁止されてるしな。大丈夫かな、あいつ」
 いよいよベクセリアを発つ日。ユールたちは町長に会いに行った。
 元気を取り戻しつつある町長が、古文書をパラパラめくりながらこう言った。
「先日、ルーフィンの奴がのこのことこの家に顔を出したのですよ。今までの行いを反省するとかゴニョゴニョ柄にもないことを言って。まあそこまでは良かったのですが、その直後にここにある古文書を全部貸してくれときたんですよ。さすがにアレには開いた口が塞がりませんでしたな。…それにしても、よくもまあこんなものをスラスラ読めるもんですなあ…。あ、いや、別にあやつに影響されて古文書を読み始めたわけではないですぞ!私の溢れる向学心がこれに手を伸ばさせたのです!ええ、それだけですとも!」
「町長。私は何も言っていませんが…」
 ただ顔を出しただけなのに長々と力説され、ユールは半笑いだ。
一方のルーフィンについては、後でセラパレスが語った所によると、
「今回の一件で、何のために学問をするのか、その意味を見出すことができました。これからは自分の学問を街のため、世の中のために役立ててみようと思うんです。まあ、ぼくに何ができるかは分かりませんが、ゆっくりその方法を探していくつもりですよ」
 と言いつつ、手始めに義父の書斎を丸ごと調査したい、と付け加えたそうである。
 舅も婿も、お互い不器用ながら歩み寄ろうとしている。これなら心配いらないなとユールはほっと胸を撫で下ろした。
 数多のお土産を携えて一行がセントシュタインに戻った日の夜。ユールとサンディは峠の道へとやって来た。
 宿の部屋には置き手紙を残し、カウンターのラヴィエルに軽く挨拶をし、カマエルにはセラパレスのことをよくよく頼んでおいた。
 動物たちも寝静まる深夜。森の中の箱舟はユールたちの目には淡く発光して見えた。
 期待半分、諦め半分で箱舟の中に入った途端、2人は何とも言えない感覚に襲われた。
(鼓動のような、地響きのような…)
 箱舟の反応が前回と違うことに、出発準備に飛び回るサンディの声も弾む。
「いっくよー!」
 元気良く機嫌良く、運転士が号令を発した。ガタン!という衝撃と共に、箱舟が震え出した。
 勢いよく転びそうになったユールは、慌てて傍の手すりにしがみついた。
 揺れと共に、上から押さえつけられるような圧力が全身にかかる。翼があれば安定を保っていられるのだろうが、人間と変わらぬ体型のユールはすっかり揉みくちゃだ。
 小さな羽根をパタパタさせるサンディは、この状況でもケロっとしていて、羨ましい限りである。
「…えーと、これ今飛んでるんですか、もしかして?」
 揺れが収まった頃、彼女は運転士に聞いてみた。
「そーだよー。窓の外から覗いてみ?左に見えますのがぁ、天使界でございまぁす!」
 手すりを伝って左の窓から外を見ると、黒い靄のようなもので一面覆われていた。
「外が黒くてよく分かりません」
「えー?じゃ、これでどうかな?」
「ぶっ!」
 言葉が終わらぬ内に、ユールはムギュと体ごと窓に押し付けられた。どうやら箱舟が急旋回したらしい。
 間もなく、靄の中から石造りの建物が見えてきた。夜空を気まぐれに切り裂く稲光で、その全容が露わになる。
 外壁は大なり小なり崩落しており、木々は倒れ、芝は焼け焦げ、と無残な有様である。
 随分と荒れ果てた天使界の姿に、ユールはショックを隠しきれない。
「皆さんご無事でしょうか…」
 やがて、箱舟は完全に停止した。
 物思いに沈んでいたユールは、サンディに追い出されるようにして箱舟のタラップを降りた。
 そこは、天使界の最上層。世界樹の足元。長老以下、居並ぶ上級天使たちが、一様に目を丸くして彼女を見つめていた。
「あ…えーと…。た、ただいま戻りました…」
 十数人の視線を一身に浴びながら、ぎくしゃくと、ユールは帰還の挨拶をした。
 彼女の師が見ていたら、叱りつけてやり直しを命じるだろう、覚束ない動きだった。

「それにしてもよく無事だったわね~。あ、マスター。お茶、おかわり」
「はいよ、ラフェット」
 トルクアムの店で、帰還した守護天使ユールは食事に専念していた。
 なかなか仕入れに行けなくて出せる料理が少ない、と店主は恐縮していたが、限られた食材を風変わりなスパイスで味付けしたサラダや煮込み料理、そしてこの店特製の特大プリンなど、十分賑やかな食卓に彼女は大満足であった。
 地上に落ち、翼と光輪を失ったユールは紆余曲折の末に天使界へと戻ってきた。しかし、長老であるオムイでも失ったそれらを取り戻す術を知らない、ということだった。
 傷ついた天使は世界樹の根元で祈り、傷を癒す。治療のための瞑想中、つい居眠りしてしまったユールは奇妙な夢を見た。
「女の人と男の人の声がして、男の人の攻撃を女の人が防いだのです。私は人間を信じる、人間たちを滅ぼしてはいけない。この身に代えても人間と人間界を守る…と」
「夢の中で、何か邪悪な気配はした?」
 真実を記録する者の探究心を覗かせ、ラフェットが言った。
「いいえ、邪悪さは全く。でも、男の人の方には、畏怖というのでしょうか。身が竦んで動けなくなるような迫力がありました。で、夢から覚めると、世界樹から声が聞こえたのです」
 長老は、世界樹の根元で神と対話したユールを手招き、皆の前で宣言したのだ。
「ユールに神の託宣が下された。天の箱舟で地上にあるという青い木の元へ降り立ち、散り散りになってしまった女神の果実を集めよ、とな。皆、この若き天使の力となってやってくれ」
 結局、翼も光輪も戻らぬまま、ユールに新たな仕事が命じられた、というわけだ。
「それにしても、天使たちが随分いなくなってしまいましたね…」
 天使界を襲った悲劇の後、邪悪な光の原因や地上に落ちた同胞を探しに、何人もの天使たちが人間界へと旅立った。しかし、ユール以外は誰一人として戻って来ず、未だに誰とも連絡が取れない状態だという。
 地上に落ちた元弟子を探しに出た、師匠イザヤールも。
「まるでエルギオスの時のようだな」
「マスター。そのエルギオスというのはどういった方なのですか」
 聞き覚えのある名だ。ユールはトルクアムに尋ねた。
 彼はラフェットと意味ありげに視線を交わした。やがて、意を決したように図書室長が語り始めた。
「エルギオスは、イザヤールの師だった天使。何百年も前、ある小さな村の守護天使だった彼は地上に降りたまま消息不明になってしまったの。ゲートの近くにいつも鍵が掛かった扉があるでしょう?あの先にエルギオスの石碑があるの。誰よりも人間を愛した、偉大な天使だった彼のことを忘れぬように作られたのよ。…でも、彼の身に何が起きたかは今も不明のまま。時が経つにつれ、その存在は尊敬と共に恐れを抱かれ、遠ざけられてしまったの」
 確かに、見習いが学ぶ天使界の歴史でエルギオスについて習った覚えはない。
「石碑になったって、恐れられてたって、師匠は師匠だからな。弟子からすれば何年経っても色褪せないもんだろうさ」
「ええ、我が身に置き換えてみれば、すごくよく分かります」
「イザヤールは心配だったのよ。ユールまでエルギオスみたいに帰らないんじゃないかって。多分、今も人間界であなたを探してるんじゃないかな」
「師匠が…」
 プリンをすくう手が完全に止まってしまっているユールに、トルクアムが勇気づけるように言った。
「お前はお前の務めを果たせばいい。人間界で派手に動き回っていれば、イザヤールの方でお前を見つけるだろうさ。もし、あいつが天使界に戻ってきたら、俺やラフェットがお前の活躍を嫌ってほど語り尽くしてやるから」
「…そう、ですね。幸か不幸か、他のことに気を取られながらこなせる仕事ではないようですし」
 ならばコレを活力源にしよう、と、ユールは勢いよくプリンをかっこんだ。年長の天使たちはそれを笑いながら窘めた。
「こらこら、行儀が悪いぞ守護天使様」
「あ、そうだ。ユール、後で私の部屋に来て頂戴。守護天使の記録、つけないとね」
「ああ…就任して初めの一ヶ月しかまともに記録をつけませんでしたね」
 守護天使は一人一人活動記録を持つものだ。いろいろあってユールも忘れていたが、人間界にある守護天使像が彼女に反応しないので、箱舟で定期的に天使界に来て、ラフェットに申告する方法を取ることにしたのだ。
「お前も何かと型破りだよなあ」
 帰りがけ、店の外で見送りがてらトルクアムが言った。横でラフェットがうんうんと頷いている。
 それから図書室長の元で記録をつけ終え、ユールは箱舟へと戻った。サンディにまた地上まで運転してもらおうと思ったのだが、待てど暮らせど彼女は帰って来ない。
 実はサンディは「テンチョー」を探すためにユールと別行動を取っているのだ。
 このままボーッと待っていても仕方がないので、ユールはサンディを探しに行くことにした。
 足を棒にしてあちこちを歩き回り、多すぎる階段にへばっていた所、一人の見習い天使が荷物を抱えたまま転んでしまったのが見えた。彼女は慌てて助けに向かった。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがと…っ!」
 立ち上がった見習い天使の顔が一気に青ざめた。
「ん、どうしました?」
「近づかないで!翼と光輪が無いの、うつったら怖いじゃん!」
(え…?)
 あまりのことに完全に思考が停止したユールを置いて、見習い天使は走り去っていった。
「こら!廊下をみだりに走ってはならぬ!」
 厳しい叱責の声が飛ぶ。見ると、コルズラスがこちらに歩いて来る所だった。
「ユールか。顔色が優れぬようだが、大丈夫か?疲れが出たのではないか」
「いえ…大丈夫です。お気遣い、感謝いたします」
 ユールの返事に、うむ、と重々しく彼は頷いた。
 コルズラスの弟子のラエルは師のお使いに出ていた。弟子の戻りがあまりに遅いので、師自ら出迎えに行く所だそうである。
(寄り道か買い食いか、また怒られるんだろうなあ)
 生暖かい笑みを浮かべてユールが友人の行く末に思いを馳せていると、コルズラスが意外な親心(師心?)を見せた。
「天使界の中で何があるのだとも思うのだが…いろいろと騒がしい昨今、用心するに越したことはない」
「はい、コルズラス様」
 用心といえば、と、ハタと彼が手を打った。
「さっきから奇妙な光の玉が、テンチョーテンチョーと叫びながらウロウロしているんだ。あれはもしや邪悪な光を放った輩の手下ではないだろうか」
 その変な光に思いっきり心当たりがあったが、ユールはコルズラスには何も言わず、そのまま別れた。
(上級天使にもサンディは完全には見えないのか。彼女が自分でそうしてるんですかねえ)
 そんなことを考えながら箱舟まで戻ると、いつの間にかサンディが運転席に戻って来ていた。
「聞いたよ~。何か青い木を目指すんだって?あんたは女神の果実、アタシはテンチョー。お互い探し物ガンバロー」
 おー、とユールはサンディと共に拳を上へと突き上げた。
 行きと同じく、あっという間に地上に降り立った箱舟は、青く輝く不思議な木を目指して飛んだ。
「おー、あったあった。ってか、本当に真っ青なんですケド!植物としてありえなくね?」
「きっと内側から光ってるんですよ」
「ふーん。ま、いいや。あっちにあるのがダーマとかいうトコらしいよ」
 顔を出したばかりの朝日を浴びて、青い木がキラキラ輝く。木の傍で、ユールは覚えたばかりの呪文を試してみることにした。
 ルーラという瞬間移動の魔法。これは、旅の助けとなるように、世界樹の声の主が授けてくれたものだ。
「へー、新しい呪文かあ。何かヤバい効果とかあったりする?」
「まさか! 効果は、人間界におけるキメラの翼と同じですよ」
「それ、ちょー便利じゃね?早く使ってみなって!」
 初めてのルーラは無事に発動し、2人は一瞬で早朝のセントシュタインへ降り立った。
 宿屋の自室にこっそり戻り、置き手紙を処分した後、ユールは、よしと気を引き締めた。
 こうして、新たな使命を帯びたユールは、人間界の仲間たちと共に更なる旅を続けてゆくこととなったのである。

2011年12月14日水曜日

暁光


 夜の墓地でユールたちはエリザに向かい合った。正確には、彼女の幽霊と。
「あなたは亡くなっても全然変わりませんね…」
 こちらはいろいろ思い悩んで大変なんだぞ、と、ユールは視線に感情を込めて彼女を見つめてみた。
「えーと、まあ、笑いごとじゃないですよね。スミマセン。実は、ルーくんのことでユールさんにお願いがあるんです」
 このままでは彼がダメになってしまう、とエリザは目を伏せた。
「よしユール。こうなったら救えるモンは何だって救ってやんなさいっ」
「でも、ルーフィンさんは研究室に閉じこもってますよ」
「そのことなら大丈夫。ちょっとしたコツがあるんですよ」
 エリザに導かれ、ユールとサンディはルーフィンの研究室へとやって来た。ユールがドアをノックしてみたが、やはり応えはなかった。
「ユールさん、普通に叩いても駄目ですよ。ルーくんに出てきてもらうには、こうするんです」
コンコンコココン、コン。エリザの言う通りにドアをノックしてみた所、すぐさまルーフィンが飛び出してきた。
ユールを見た途端に、彼の顔に落胆の色が広がる。申し訳なく思いながらもユールは挨拶をした。
「あの、こんばんは…」
「今のはあなたの仕業か?わざわざエリザのノックを真似するなんて冗談にしても性質が悪い!もう二度としないで下さい!」
「…うわー、いきなり怒らせちゃったんですケド。まあ、怒鳴る元気はあるってことか」
 ユールが何か言うべきか迷っていると、城壁の上から声が降ってきた
「おっ、ルーフィン先生!」
 一同がびっくりして見上げると、こちらに身を乗り出すようにして若い男が手を振っていた。
「流行り病を止めてくれてありがとよ!町の連中に代わって礼を言うぜ。あとよ…。早く立ち直ってくれよな!皆あんたを心配してんだぜっ」
「な…何なんだ、一体…」
 男はあっさり立ち去ったが、いきなり礼を言われてルーフィンは戸惑っている。そんな夫を見て、エリザがユールに言った。
「ユールさん。私の最期の言葉としてルーくんに伝えてください。ルーくんが病魔を封印したことで救われた人たちに会ってほしいと言ってたって」
「それはどういう…」
 彼女の意図が読めず怪訝な顔をしていたら、早く早くと急かされてしまった。言われたままにユールが伝言すると、
「エリザがそんなことを…?」
 俯きがちにルーフィンが言った。
「でも、ぼくは誰が病気になってたかも知らない。あの時、お義父さんを見返すことばかりに気を取られてて…。ユールさん、今からぼくを病気に苦しんでいた人たちの所へ連れて行って下さい。今更ですが、どんな人たちが流行り病にかかって、どんな思いを抱えていたか、知りたいんです。それを知れば、病気になったエリザがどんな気持ちでいたか分かると思うから」
 そうして、ルーフィンはユールの案内で病に倒れた人々に会いに行った。夜遅い時刻にも関わらず、ルーフィンの姿を見た人々は口々に妻を亡くした彼のことを気遣ってくれた。
 彼と共に街を歩いて、ユールは大人から子供まで多くの人が病に倒れ、苦しんでいたのだと改めて痛感させられた。
(その多くの人々をルーフィンさんが救い、そして研究第一だった彼が大きな一歩を踏み出せたのはエリザさんのおかげ、なんですよね…)
 彼女が彼を信じ、力づけたからこそ、病魔を退けることができたのだ。
 夫の背に寄り添うように漂うエリザの小さな背中を見つめ、ユールは言った。
「人の絆、人の縁というものには驚かされるばかりです」
「そうやって結ばれて、将来を誓い合った人を亡くすのって、どれだけ悲しいのかな…。アタシには想像できないや」
「私もです。天使には、二度と会えない別れというものがありませんから」
「そーなの?そーいや、天使のお葬式って見たことないかも」
「星になった方を弔いはしませんが、祈りはしますよ。どうか私を見守っていて下さい、と。上級天使に対する畏敬の念もあるかもしれませんね」
 街の下層に降りるため、彼らは教会の前までやって来た。ルーフィンは初めて妻の墓前に立った。
「エリザ、すっかり来るのが遅くなって悪かったね。今、君の願い通り、流行り病に罹っていた人たちを訪ねているところなんだ。それで君が伝えたかったことが分かったら、また報せに来るよ」
 最後に、刻まれたエリザの名に指を滑らせ、ルーフィンは立ち上がった。
「私はこっちですよー」
 エリザがおどけてパタパタ手を振っているが、当然のことながら夫は気づかない。
「…向かい合って話せないの、やっぱりちょっと寂しいな」
 そう言って俯くエリザに、ユールは痛ましげな視線を向けた。
 次に立ち寄った宿屋では、病によって足止めされていた商人の夫婦に出会った。新婚だという夫はずっと倒れた妻の手を握って看病していたらしい。
 妻を救えなかった自身を思い起こし、ルーフィンの表情が苦いものへと変わる。
そのせいかどうかは分からないが、夫が席を立った隙に、お礼と称して妻がいきなりルーフィンにしなだれかかってきた。
「ぱふぱふくらいなら、ダーリンもきっと許してくれるはず…」
「や、止めてください!」
「ちょっとぉ、何してくれんのこの女!じゅんじょーなルーくんを惑わせないでっ!!」
「あなた新婚なのに何やってるんですかー!旦那さんが泣きますよ!」
妙に熱っぽい視線で迫る人妻と、いろいろな意味で動揺するルーフィンと、激怒するエリザを宥めながら、ほうほうの体でユールたちは宿屋を後にした。
その後も、ユールたちは夜を徹して街中を歩いて回った。ひたすらに街の人々の話を聞き、それぞれの思いに向き合った。
一通り訪問を終え、自分の感情の落とし所を見つけたのか、ルーフィンは憑き物が落ちたようにさっぱりとした顔をして言った。
「もう十分です。ユールさん、案内してくれてありがとうございました。おかげでエリザの言いたかったこと、分かったような気がします」
 研究室へ戻るために、上層への階段を一歩一歩登って行く。彼は歩みに合わせ、言葉を噛み締めるように話した。
「今までのぼくは何をやるにも自分のことばかりで、周りが見えていなかったんですね。だからエリザの体調がおかしいことすら気づかないで…全く情けない話です」
階段の横に広がる墓地で再び妻の墓前に立ち、ルーフィンは目を伏せた。エリザが夫の肩に触れようとするが、すり抜けてしまう。
「街を回ってみて、初めて自分がいかに多くの人々に関わっているのか気づきました。これからはそのことを忘れず、このベクセリアの人々と共に生きていこうと思います」
 ユールたちは墓地を出て、風に吹かれながら歩いた。城壁の向こうに広がる白み始めた空と彼方に広がる平原を…数日前に自分が使命を持って歩いた道を眺めながら、ルーフィンが言った。
「皆に感謝されるのも、悪くない気分ですしね」
「…ええ、あなたはそうでなくては」
 久々に聞いた気がする「ルーフィン節」に、ユールは何だか嬉しくなってしまった。
そのまま言葉もなく、彼らは刻々と色を変えていく空を、大地を眺めていた。
つんつんと不意に肩をつつかれたユールが振り向くと、満面の笑みを浮かべたエリザがいた。
「ルーくんを助けてくれて、本当にありがとうございます。おかげで私、死んでるのに自分の夢を叶えることができちゃいました。ルーくんの凄い所をベクセリアの皆に知ってもらうこと、そして…ルーくんにこの街を好きになってもらうこと。それが私の夢でしたから」
 夫の背を見つめながら幸せそうに微笑む彼女だったが、そうそうゆっくりもしていられないらしい。彼女の体から青白い光がぽつぽつと流れ出していた。
「そうか、日の出が近いのですね」
「ええ、もう時間みたい…。それじゃあこれでお別れです。どうか、ユールさんも皆さんもお元気で…」
 最後まで夫を見つめながら、エリザは光と共に消えていった。
 彼女が消えた先をいつまでも眺めているユールに、ルーフィンが声を掛けた。
「…ユールさん。今日はこんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。あなたももう休んでください。ぼくは少し考え事がしたいので、しばらくこのまま起きています」
「いえ、私は何も!ただあなたについて行っただけですし。…では、おやすみなさい。あまり無理をなさってはいけませんよ」
思索の邪魔をしては悪いと、ユールとサンディは仲間たちのいる教会へ戻ることにした。
「あー、もうすっかり朝ですね」
ついに顔を出した太陽が眩しくて、ユールは目を細めた。
「つーか、星のオーラで街中が昼間みたいに明るいんですケド。エリザさんが太陽を連れて来てくれたのかな?明るさ2倍3倍ってカンジ?」
「今ここでオーラが見えないのが悔やまれてなりませんよ…」
天使なのにと落ち込みつつ、これでこの街に暖かさと明るさが戻ればいいな、とユールは思った。
 まだ寝ているだろう仲間たちを起こさないよう裏口から教会に戻ったユールだったが、3人ともしっかりばっちり起きて彼女を待ち構えていた。
「こんな時間までどこにいたのかな?帰りが遅くなるならちゃんと連絡しなさい」
「ははは、朝帰りの理由を聞くのは野暮だぜ、店長」
「いや、その、朝帰りとかそれどころではなくてですね…」
 アスラムは修練で、セラパレスは錬金レシピの研究で、夜明け前から起きていたらしい。
「何か良いことがあったみたいね、ユール。顔が明るいわ」
 謎の理由で起きていた(聞こうとしたら笑って誤魔化された)メルフィナに問われ、
「はい、ルーフィンさんと話をしてきました。彼も、この街も、もう大丈夫だと思います」
幽霊だの天使だのといった細かい事情は省きつつ、ユールはにっこり笑って答えた。

2011年12月5日月曜日

病魔の呪い


 ユールたちは無事に病魔を退けることができた。
「やりました!勝ちました!」
「さて、学者先生の方はどうかな?」
 戦いのさなか、ルーフィンはしっかり壷の破片を抱えて避難しており、無事だった。
「ふう、危ないところでしたね。ぼくの方ももう完了です」
「って、言ってるそばからまた病魔が!」
 サンディが指差す先に、再びピンク色の靄が集まり出している。
「ワれのジャマをスる者、すベテひトシく死あルのミ!のミ!のミ…!おのレ、のレ。わが呪イよ…コのオろかナる者ドもに、死の病ヲ…」
「しつこい野郎だぜ。…おい皆、もう一戦行けるか?」
ユールたちが武器を手にルーフィンの周囲を守る中、最後の破片があてがわれ、壷が完成した。
「さあ、封印の壷よ、悪しき魔を封印せよ!」
 ルーフィンが壷の口を病魔に向けると、ぎゅばぎゅば言いながらパンデルムが成すすべもなく中へ吸い込まれていった。
「封印の壷さえ直ってしまえば、病魔恐るるに足らずって感じですかね」
マイペースに冷静に、ルーフィンが言った。やる気になるまでが大変だったが、ルーフィンがいなければ病魔パンデルムを封じることは不可能だっただろう。
「やるじゃん、あのモヤシ学者!ってか、ユール。あんた変なビョーキもらってない?大丈夫?」
「あはは、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 サンディの意外な優しさに内心驚きながら、ユールは笑顔で礼を言った。
(ルーフィンさんの見違えるような活躍ぶりをエリザさんに知らせたら、すごく喜ぶでしょうねえ)
 戦いを終えた一同が傷の手当をしたり、互いの健闘を労ったりしている中、遅ればせながら病魔に打ち勝った喜びが湧いてきたのか、ルーフィンが早口に言い募った。
「見てましたか?見事、病魔の奴を封印してやりましたよ、このぼくが!これでお義父さんもぼくのことを認めざるをえないでしょうね。…さて、やることはやったし、これでようやく遺跡の調査に手がつけられるってもんです。ああ、皆さんはもう帰ってもらって結構ですよ。いても気が散るだけだし。それじゃ、ぼくはこの奥を調べてきますんで。報告の方は頼みます」
 さっさと部屋の奥の階段を降りていく彼を見送りながら、やっぱり根っこは変わってないな、とユールは思い直した。
「あのー。私、この奥の遺跡見てみたいです」
「そうね。せっかくここまで来たんだから、行ける所まで行ってみたいわよね」
 ユールが階段を指差しながら言った。メルフィナはルーフィンを追ってすたすた歩いていってしまっている。
 残された男2人とサンディは微妙な顔をしながら、それに続いた。
 階段の下は何ということのない小部屋だった。立派な遺跡なので、ユールはルディアノの図書室のような知の宝庫を想像していたのだが、肩透かしを食ってしまった。
「何もないじゃないか」
 アスラムが彼女の落胆を代弁した。
 それを聞いたルーフィンが、とんでもないと目を見張る。
「確かに古文書や宝物の類はありませんが、ここ見て下さい。この文様とこっちの文様は特定の時代にのみ使用されたもので…」
 ルーフィンがとくとくと語る。ユールにはただの青みがかった壁に見えていたが、言われてみると確かにさまざまな文様があしらわれているのが分かった。
「天使界ではこんなこと習わなかったです。このような人間界の秘密は、まだまだたくさんあるんでしょうか」
 思わずぽつりと呟いたユールに、メルフィナが答えた。
「人間たちの守護には必要のない知識ですもの」
それでなくても覚えることは山程あったでしょう、と言われ、ユールは頷いた。
仲間たちとルーフィンは思い思いに部屋を見て回っている。メルフィナとサンディが壁の文様の可愛さについて話し込んでいるのを聞き、しゃがみ込んで帳面に何かを書き付けているルーフィンの横を通り過ぎ、ユールは壁に凭れている3人の方へ歩いていった。
(ん?3人?)
 アスラムとセラパレスの間に、青白く透けた男が1人立っていた。
 口髭をたくわえた壮年の男性で、白の毛皮で裾を縁取った濃紺のガウンを引きずっており、金の王冠を頂く頭が不規則にぐらぐらしている。
「ここで、何をなさっているのですか?」
「休憩だ、休憩。そろそろ帰らないか?街の様子も気になるし」
 アスラムの答えからしばし間を置いて、幽霊がため息混じりに言った。
「…おお…思い出せぬ…」
 記憶喪失の幽霊はわりとよくいるのだが、貴族(格好からしておそらく君主だろう)がこんな人里離れた遺跡でさまよっている理由が分からない。
 アスラムに「もうちょっと」と言って、ユールは考古学者の元へ走った。
「ルーフィンさん。この遺跡、どこかの王様とか貴族とかって何か関わりありますかね?」
「何だ、まだいたんですか。早く街に戻って町長に報告して下さい。ぼくはもう少ししてから戻りますから」
 調査に没頭している学者は容赦がない。彼女はすごすご引き下がるしかなかった。
 祠を出てすぐキメラの翼でベクセリアへ戻ったユールたちは、街の空気が変わっていることに気づいた。
 一時間ほど前に病人たちの症状が嘘のように治まり、寝付いていた者も看病していた者も声高に驚きと憶測を口にしていた。
「病魔の呪いが完全に消え去ったんですね…」
 あまりに劇的な変化なので、ユールは病魔を倒した当事者であるのに実感が沸いてこなかった。
「あ、そうだ。町長の元へ向かう前に、エリザさんにルーフィンさんのことをお知らせしておきたいです」
 どうせ通り道だから、とエリザの家へ立ち寄ることにした一行だったが、彼女の家のドアをノックしても応えが無かった。
「夫の研究室の方にいるのか…ん、開いているな」
 セラパレスがドアに手をかけた所、すんなりと開いてしまった。
「無用心なお嬢さんだな、相変わらず」
「エリザさーん。お邪魔しますよー」
 彼らは遠慮しいしい家の中を歩き回ったが、エリザの姿はどこにもなかった。
 居間の奥の扉が半開きになっていて、その先は寝室のようだった。中を覗いてみると、誰かが寝ていた。布団がやや斜めにずれ、枕は床に転げ落ちている。
「ああ、お休み中だったみたいです。本当に私たちが悪い泥棒でなくて良かったですよねえ」
 落ちた枕を戻そうと、ユールがベッドに近づいた。
エリザの頭を持ち上げ、枕を差し込もうとした時、ユールはふと違和感を覚えた。
彼女はひどく冷え切っていた。よほどぐっすり眠り込んでいるのか、彼女の体は微動だにしない。
(いや、違う。これは…)
エリザは息をしていないのだ。
枕を抱えたまま固まったユールを訝り、仲間たちも寝室に入ってきた。
「エリザさんが…」
 ユールのかぼそい声にはっとしたセラパレスが、寝台に眠る者の脈を取り、眼球を覗き込む。
 そして、彼はユールとしっかり目を合わせ、首を振った。
「ウソでしょ…」
 サンディが息を呑む。
 彼らが言葉もなく立ち尽くしていると、玄関のドアが開く音がし、エリザの名を呼ぶ声が続いた。
「エリザ、いないのかい?おや、あなたがたは…」
 寝室へと入ってきたルーフィンが妻の顔に触れて蒼白になり、床にへたり込むのを、ユールはどこか遠い場所で起きている出来事のように見つめていた。


 それから数日後。流行り病から解放された喜びから一転、ベクセリアは重苦しい静けさに包まれていた。
 エリザの葬儀の後、何となく落ち着かなくて街中をうろうろしていたユールとサンディは、町長の家を訪れた。
 アスラムとセラパレスは葬儀の後片付けに、メルフィナはシスターを手伝って患者たちの経過観察に行っている。
 病の収束と愛娘の死を同時に発表しなければならなかった町長は、心労のあまりどす黒い顔色になりながら、娘婿の護衛にあたったユールたちを労ってくれた。しかし、
「…超シラケる~。そんなのもらってもアタシは嬉しくも何ともないし、全然報われないっつーカンジ!」
 サンディが口を尖らせた。
護衛の謝礼として、町長が手近な装飾品を寄越したことに苛立っているようだ。
エリザの死からずっと彼女は些細なことに腹を立て、ユールに当たり散らしている。
せっかく病魔を倒したのに、無情にもエリザの命を奪っていった運命。悲しみに沈むベクセリアの人々。思うように行かない事態に我慢がならない、とサンディは全てのものに怒りをぶつけ、毒づいていた。
対してユールは、エリザの死からずっと現実感を持てないまま過ごしていた。町長に事の次第を報告し、葬儀に立ち会っている自分を遠い所から離れて見ているような。
それは守護天使として人間を見守っていた時の距離感に近いのかも知れない。
(人間が一人、エリザさんが亡くなった。人間はいつかは死ぬもの。ですが…)
 ウォルロ村で師と共に死者の弔いに立ち会ったことは何度もある。時に死者の末期の苦しみに思いを馳せ、時に生者が死者を見送る毅然とした姿に胸を打たれた。
エリザのこともそうした数多の死の一つとして受け止めることができるはずだった。
そうでなくては、人間たちの営み全てを見守る守護天使など務まらない。
ありふれたこととして感情を処理しつつある己と、エリザを悼む周囲との温度差がユールを落ち着かなくさせていた。
サンディのように悲しみに耐えかねて怒ってみようと思っても、怒る対象が見つけられない。
(私は結局の所、エリザさんの死に納得できていない。何故彼女が死ななければならなかったのか。もっと何か出来たのではないか。放っておくとそんなことばかり考えている…) 
「君が病魔の呪いに冒されていると知っていれば、もっと急いだのに」とは、妻の亡骸を前にしたルーフィンの言葉である。
 あれ以来、彼は研究室に籠もってしまい、妻の葬儀にも顔を見せなかった。
堂々巡りの思考を抱えて街を歩くうちに、いつの間にか日が暮れ、空に星々が輝く刻限となっていた。
教会にいる仲間たちを迎えに行こう、と足を向けたユールは、墓地を通りかかった。
花々に囲まれた真新しい墓石。エリザの名が刻まれたそれの前で立ち止まる。
「本当に、死んじゃったんだね…」
「ええ…」
 墓の隣には人の良さそうなおじいさんの幽霊がいて、鼻をぐすぐすと啜っている。
「あんな若い娘さんがここに仲間入りするとはのう。何ともやりきれんわい」
「そうですよね…」
彼女たちがエリザの墓を痛ましげに見つめていると、いきなり明るい声で呼び止められた。
「ユールさん。ユールさんってば!」
 驚いた2人が振り向くと、生前の明るさそのままに屈託なく笑うエリザが立っていた。
「え、エリザさん!?」
「ちょ、マジで!?」
エリザは、「幽霊になった私が見えるなんてすご~い!」と手を打ってはしゃいでいる。
「そういえば、わしらが見えておるようじゃが…お前さんたちは一体何者だね?」
「れーのう者だよ、おじいちゃん!私はじめて見た!」
この騒がしい幽霊を一体どうしようか。ユールは途方に暮れた。

2011年11月28日月曜日

遺跡調査



 夕暮れ迫るベクセリアの街角で、ユールは呆然としていた。
「ルーフィンさんに置いていかれました…!」
 アスラムは顔をしかめ、セラパレスとメルフィナは事情が分からずきょとんとしている。
 4人に向き合うエリザがすまなそうに笑った。
 ベクセリアの街に蔓延する流行り病の対処法について町長に報告したユールたちは、祠へ赴くルーフィンの護衛を任されることとなった。
「あー、あいつものすごく面倒くさそうだったからな。行きゃあいいんでしょって」
 アスラムの言う通り、ルーフィンは舅への意地からひねくれてしまっており、妻のエリザが宥めてもおさまらぬほどだったのだ。
「出発前に仲間を連れてきますねって一度彼と別れたんですが、皆さんと合流している間に…」
「ユール。祠の鍵はどうした」
「ルーフィンさんに渡してそのままです」
 護衛いらないんじゃないのか、と全員の顔に書いてあるのをユールは見た。彼女も同感だ。
「話を整理させてちょうだい。考古学者にして町長の娘婿のルーフィンさんが流行り病の原因と解決法を突き止めた。町長は私たち旅人に祠に入る許可と鍵をくれて、ルーフィンさんの護衛を依頼した。でも肝心のルーフィンさんが一人で先に行ってしまった。こういうことね?」
「うちの主人が皆さんにゴメーワクをおかけし…ゴホン!何かすみません、本当に」
 メルフィナが簡潔にまとめ、ケフケフと咳き込みながらエリザが謝る。
 護衛対象が不在で、当面やることがない。ユールたちは今後の事を相談するため、街の入口へと移動した。
「ルーフィンさんによると、街から祠まではほぼ一本道です。しかし、大地震の後から魔物たちがうろつくようになっているし、もう日暮れです。無事でいてくれればいいんですけど」
「学者先生は大丈夫だと判断して先行したんだろう。私たちも彼も目的地は同じ。すぐに追いかければ問題ないはずだ」
 言い切ったセラパレスの顔を見上げ、ユールはのろのろと言った。
「すぐってこれからですよね…。徹夜仕事ですか…」
「コラー。天使が徹夜嫌がるとかどーなのよ」
 すかさず、サンディからグーでツッコミが入った。
「宿屋は休業状態なのだから、ちょうどいいわ」
 それに、とメルフィナが付け加えた言葉にユールははっとした。
「エリザさんのためにも急いだ方が良さそう。咳が出ているなら、既に寝込んでいてもおかしくないのだから」
 メルフィナはセラパレスと共に教会で病人の看護を手伝っていた。病がどのような進行をたどるのか、間近で見てきたのだった。今のところ死者は出ていないが、新たに病を発症し寝込む者が日に日に増えている。
 手遅れになる前に、とユールたちは祠を目指して出発した。街道を西へ歩き出して間もなく日が沈み、肌寒くなってきた。
 街道は見通しの良い平地な上、月の明るい晩なので一行は特に危なげなく進むことができた。
 休憩も寄り道も無しに、夜通し歩いたユールたちが祠に到着したのは、明くる日の昼前だった。
 祠の入口では、ベクセリアの考古学者ルーフィンが憮然とした面持ちで佇んでいた。
「遅かったじゃないですか。えーと、ユールさん?ぼくの言った通り、地震のせいで祠の壁が崩れて遺跡がむき出しになってます。こうなると病魔の封印もどうなっているか分かったもんじゃないですね」
「やはり、そうでしたか」
 ユールが相槌を打つが、ルーフィンは意に介さず、
「あなたがたの仕事はぼくの護衛ですよね。お義父さんに雇われたなら、しっかり働いてくださいね」
「てゆーか、おはよーのアイサツも無し?やっぱり問題アリすぎじゃね、この人?」
 サンディが渋い顔で文句を言い、この野郎…とアスラムが小さく毒づいたのを、ユールは聞かなかったことにした。
 祠は狭く、突き当たりの壁に大きな穴が開いていた。
「地震で扉ごと崩れてしまったようですね。ここから中に入ります」
 ユールの目にはかつて扉があったように見えないのだが、2本の鍵をブラブラさせながらルーフィンが言った。片方が祠の入口、もう片方が奥の扉の鍵なのだろう。
壁の穴をくぐった先に、いきなり巨大な石碑が立っていた。
「二人の賢者の目覚めし時、赤き光と青き光が蘇る。導きの光照らし出す時、閉ざされし扉は開かれん…と書かれています。この遺跡の仕掛けのヒントとなる言葉ですよ」
「賢者も扉も、とりあえず近くには見当たりませんねえ」
 ルーフィンの解説を聞き、ユールが辺りを見回した。石碑の先の通路は行き止まりになっている。
 遺跡の内部は青みがかった石で作られた迷路になっていた。道幅はさほど広くはないがまっすぐ通路が伸びており、先日の大地震や経年で壊れている所も無く整然としていた。
 水を得た魚のように生き生きと遺跡の中を歩き回るルーフィンに先導され、一行は奥へと進んでいく。
 石碑から向かって右の通路を行くと、巨大な柱が道の真ん中に据えられていた。鏡張りの前面が微妙な角度で壁に向けられている。
「何故こんな所に鏡が…」
「ちょっと、触らないで下さい!それ向きをきちんと計算してあるんですから」
 柱に触ろうとしたユールをルーフィンが叱りつけた。
「すみませんでした。ところでこれは一体何なのですか?」
「奥に行けば分かります」
「ってか、いつ計算なんかしたんだよ、あんた」
 アスラムがもっともな疑問を投げかけた。
「以前、エリザとここに遊びに来まして。その時に柱をいじったら動くことが分かったんです」
 所謂デートというやつですね、とルーフィンが眼鏡を押し上げ、言った。
「陶器の馬の魔物とか人魂とかミイラがウヨウヨしてるぞ。デートも命懸けだな」
「彼女を連れてきた時はこんなに魔物は出ませんでしたよ。聖水もありましたし」
「じゃあ、ルーフィンさんはこの柱の仕掛けを全て解いたというわけですか?」
「いえ…最後の最後というところで、エリザの門限があって引き返したんです」
「町長さんが聞いたら倒れてしまうわね」
 メルフィナが前方に現れた人魂に鞭を振るいながら言った。鋭い棘を編みこんだ茨の鞭はひゅんひゅん危険そうに唸りながら魔物たちを薙ぎ倒してゆく。
「あらユール。足元にメタルスライム」
「ぎゃっ!」
 即座に飛んだ鞭とメタルスライムの両方に驚き、ユールは慌てて飛びのいた。
「姐さんカッコイー。つか、魔法いらなくね?」
 サンディが言うのももっともだ、とユールは思った。
 十字路を通過する度に目にする鏡の柱。遺跡の規模を考えても、多すぎるくらいに設置されている。
(赤き光と青き光を反射させるのでしょうけど、普通に迷路の四隅に置くのではダメなんですかねえ)
と、ユールは歩きながら考えをめぐらしたが、さっぱり答えが思いつかない。
 1時間ほど迷路を歩いた一行は、賢者の像の前まで来た。
像は両手を胸の前で組み、長衣を纏った姿をしている。これに翼をつければ守護天使像だな、とユールは思った。
「おそらくこの辺りに…。よし、あった。皆さん、下がっていた方がいいですよ」
 言うなり、ルーフィンが賢者の背中にある仕掛けを動かした。赤い光が像の目から放たれ、通路に沿って伸びていった。
 遺跡のさらに奥、赤き光の賢者の対になる位置に、青き光の賢者の像があった。同じように仕掛けを動かすと、2色の光は迷路を曲がりくねりながら石碑の方へ集まっていく。
「ああ、それで鏡があんなにたくさんあったんですね!」
 光に沿って来た道を戻ったユールは、ようやくこの遺跡の仕掛けを理解した。赤と青の光を浴びた石碑が鍵となり、奥の行き止まりに通路を出現させていたのである。
「この先に病魔が封じられているのか。ユール、メル、何か感じるか?」
 セラパレスに呼ばれた2人は揃って首を振った。
「封印の効力が生きているということでしょうか」
「それならいいが、念の為に準備しておこう。何が起きるか分からないからね」
 セラパレスとユールが手分けして全員に回復魔法をかけた。
 新たに出現した通路の奥はやや大きめの部屋になっており、中央に小高い壇が設けられていた。以前は壇上にあったのだろう壷がごろりと床に転がっており、破片がいくつか周囲に散らばっている。
 素焼きの壷にあしらわれた手作り感溢れる文様は、課せられた役割に似合わぬ素朴さだった。
「おおっ…古文書で見た通りです。あそこに転がっているのは病魔を封じていた封印の壷。やっぱり地震で壊れてしまったようですね」
 ルーフィンが壷に駆け寄った。彼が指差した先に、病魔パンデルムを封ずとあるのを、ユールたちもはっきりと見た。
「封印の紋章が描かれた部分は壊れてないな。これなら楽勝だ。一流の考古学者なら、これくらいのモノを直すのなんて朝飯前ですよ」
 人一人は軽く入れてしまうほどの大きな壷を転がしながら、ルーフィンは不敵に笑う。
 修復作業の邪魔になるといけないので、ユールたちは壇から離れた所で待機することにした。
 上着のポケットから取り出した接着剤(特製ですよ、と見せびらかしてきた)で破片をくっつっけていく彼を見守っていたユールの目の前が、ふと歪んだ。
「ん?」
 目のかすみかと思ったが、もやもやしたピンクの雲がルーフィンの頭上に現れた。緑や紫のガスが細く長くたなびいている。
 ピンクの雲に目鼻ができ、封印の修復を阻止せんと恐ろしげな声で叫び回る。
「なんジに病魔のワザワイあレ!あレ!あレ!」
「うわ!何かヤバそうなのが出てきたんですケド!」
「ルーフィンさん!離れて!」
ユールの声に、作業に没頭していたルーフィンがふと顔を上げ、凍りつく。
「これが病魔パンデルムか…!あー、ほらほら皆さん、ボーッとしてないで!病魔の相手はそっちの仕事でしょ?あなたがたが戦ってる間にぼくがこの壷を直しちゃいますから、時間を稼いでくださいよ!」
「そっちこそ、もたもたしてると巻き込まれるぜ?」
 ルーフィンの減らず口をアスラムがまぜ返した。
 パンデルムは亡霊なのか瘴気なのか、ユラユラと捉えどころのない相手だ。打撃も呪文もそれなりに効き目があるのだが、パンデルムが身をくねらせる度にユールたちの体が重くなり、守りが薄くなるようだ。
「ボミオスにルカナンか。嫌らしい技を使う奴だ」
 セラパレスがユールとメルフィナに優先してスカラをかけるのだが、守りの力を上げたそばから下げられてしまう。
「くそっ、キリがない!」
「セラパレスさん。ボミオスで最悪後手に回っても攻撃できますし、ルカナンも無視しましょう!痛いのは我慢です!」
「分かった。回復は私に任せなさい」
 呪文で弱体化させられているとは言え、ユールたち4人はパンデルムに一発殴られたくらいではビクともしない。
 セラパレスのホイミに支えられ、アスラムの拳とユールの剣、メルフィナの呪文が病魔の力を確実に削いでゆく。
「お?どうしたメル。鞭は止めたのか?」
「この魔物、ぶっても手応えがないのよ。物足りないわ」
 相手に先手を取られ続ける状況でも軽口を叩くアスラムに、メルフィナが軽口で返した。
(セラパレスさんのホイミが尽きる前に何とかしないと…)
 いざとなったら自分も回復に回ろうという心配を胸に、ユールがアスラムを応援した。直後、威力の増した蹴りを食らったパンデルムが高く吼える。体を形作っていた靄が消えて行き、最後に残った病魔の目玉がボトッと2つ床に落ちた。

2011年11月11日金曜日

流行り病



 まだまだセントシュタインでは救国の英雄扱いが続いていたが、ユールは北東の関所を目指して旅立った。
 関所の先にはまた新しい街があり、助けを必要とする人間が必ずいる。
 天使としての使命感と、冒険者としての好奇心。正直な所、ウォルロ村の守護天使はしっかり地上で旅芸人生活を満喫していた。
 彼女と共に行くのは、天の箱舟の運転士サンディ。人間界に馴染んでいくユールを胡散臭く見守っているが、その実、彼女も負けず劣らず人間界での出来事を楽しんでいるフシがある。
 次に、武闘家アスラムと魔法使いメルフィナ。セントシュタインでの便利屋稼業を潮時と切り上げ、どこか新しい土地へという目的がユールとたまたま一致して、今回も同行することになったのだ。
 そして、彼らと共に黒騎士騒動に関わったセラパレス。城下で薬屋を営む彼は、元々冒険者ではなかったのだが、ある出会いが彼の人生を決定づけてしまった。
 ユールが何の気なしにカマエルの錬金について相談した所、セラパレスの方が寝食を忘れてすっかり錬金にのめり込んでしまったのだ。
 カマエルはユールが目の前にいないと働かないので、彼女は冷静沈着な店長の驚くべき傾倒振りを間近で見ることとなった。
「豊富な薬剤の知識を持ったセラパレスさんと、条件さえ合えば奇跡を次々に実現してみせる錬金釜。出会うべくして出会ったというか…」
「こりゃマジ運命だね」
 サンディが呆れ顔でぼやく程だ。
 城の図書室で貴重な文献を見せてもらい、彼らは薬草類を中心にいくつかの錬金を成功させることができた。
こうしてセラパレスは店を両親に任せ、更なる錬金レシピの研究のために旅立つこととなったのだ。
 気心の知れた顔ぶれで旅を続ける彼らは、無事に関所を抜け、秋色深まる高原を北上した。
「この先には、ベクセリアという街があるんですよね」
 どんな街かな、とわくわくしながらユールが言った。
「俺、実はベクセリアの生まれらしいんだよな。全然記憶にないんだが」
 ごく幼い頃にかの地を離れた、と感慨深げにアスラムが言った。
「そういえば、関所の兵士さんが気になることを言っていたわね。ベクセリアから引き返して来る旅人が多いと」
「関所が開通して間もないというのに…何事かあったのだろうか」
 セラパレスとメルフィナが目を見交わした。
 ユールは、関所で出会った若い兵士の心配そうな顔を思い浮かべた。
「兵士って、あの小悪魔ガールのカレシでしょ?確かにハンサムではあるけれど何か弱っちいってゆーか、逆に悪魔に食べられちゃいそうなカンジ?」
 関所の兵士パーシーは、セントシュタインの防具屋で夜のとばりを欲しがっていたジュリアの恋人である。
「可愛らしいカップルだと思ったんですけどねえ。見習い悪魔とスライムベスって感じで」
 同じものを見てこうも認識が違うものか、と、ユールは感心しきりである。
途中で金属製の鳩の集団にしつこく追いかけ回されたり、荷車で暴走する小鬼をなだめすかしたりしながら歩くこと3日。一行はベクセリアの街へと到着した。
 まず目に入るのが堅牢な城壁で、街の様子は濃い灰色の石垣に隠されていて見えない。この街は多層構造になっていて、街道に面して開かれている城門からまっすぐ伸びる大通り兼広場は一番低くなっている。
 大通りの両側からは上層へ繋がる階段がせり上がり、その先には城壁の高低差をそのまま生かした家並みが続いている。城壁の中にも商店や住居が設けられているため、ベクセリアは外観も内部も非常に入り組んだ構造となっている。
「ユール。ここの守護天使サマはどんなカンジよ」
 サンディが言った。ベクセリアの守護天使像は、城門の真上から来訪者を見下ろす形で置かれている。セントシュタインのものと同じく、ここも全くの無反応だった。
「もしかして、星のオーラと同じく、私が見えてないだけなんじゃないでしょうか」
「でも、いるなら向こうがアンタを見つけてくれるんじゃね?ここアタシにも何か無人っぽく見えるしさ、やっぱいないんだよ天使」
 守護天使が任地を離れるなど滅多にあることではない。ユールが地上に落ちる原因となった一連の出来事は、確かに天使界でも非常事態と言える惨事だったと思うが、そろそろ落ち着きを取り戻してもよいはずだ。
(守護天使が不在ということは…もしや、天使界が壊滅的な打撃を蒙って、全滅に近い状況なのでは)
 不吉な想像にすっかり色を無くしたユールの顔を、セラパレスが気遣わしげに見つめた。
「どうした、ユール。天使像に何かあったのか?」
 ルディアノで妖女の呪いを跳ね除けてから、ユールは仲間たちから天使だと認識されつつある。正確には「天使の力に精通したちびっこ旅芸人、人間かどうかはまだ不明」という半端な認識だったが。翼と光輪の有無はやはり見た目のインパクト的にも重要らしい。
 彼女の不思議な力とその過去を無視するでもなく利用するでもなく、人間たちは以前と変わらず接してくれている。それがユールには何よりありがたかった。
「いえ…、ここにも知り合いがおらず、ちょっとがっかりしている所です」
「そうか。守護天使がこの街の惨状を放置するとも思えないからな。不在も、何か事情があってのことなのだろう」
 今、ベクセリアでは謎の病が流行しており、住民が次々に倒れていっているのだ。
 薬草も治癒魔法も神父の祈りも効かず、日に日に患者が増えていくのに一向に解決策を打ち出せずにいる。
 大地震の直後で不安な毎日を送っていた所へ、追い打ちをかけるような病の流行。対応に当たっている町長も相当参っているとのことだった。
 セラパレスとメルフィナは教会で病人の対応を手伝うと言うので、ユールはアスラムと共に町長に会いに行くことにした。
 城壁を吹き抜ける風は冷たく、重苦しい曇天と石垣の色の相乗効果で、どんどん気分が暗くなってく。
 と、民家の軒先に据えられたベンチで、大荷物を両脇に抱えたまま、若い女性が眠りこけていた。
「こんな所で寝てると風邪引くぜ、お嬢さん」
 アスラムがポンと肩を叩き、起こしてやる。彼女はしばらくぼんやりしていたが、目の前に立つ2人の姿に気づき、にっこりと笑った。
「ごめんなさい。ちょっとうたたねしちゃって。起こして下さってどうもありがとう」
 ヒラヒラしたエプロンドレスと、肩口でカールさせた髪。何だか砂糖菓子のような甘い雰囲気を持つ女性だった。
「私、エリザっていいます。あなたたちはもしかして、旅人さんですか?」
「ええ。今日ここに到着したばかりなんです。それにしてもすごい荷物ですね。買い物ですか?」
「そうなんです。これ持って帰らなきゃなあ…。ケホッ、ケホン!」
「あの、よろしければお手伝いしましょうか?」
 この申し出に勢いよく立ち上がったエリザは、両手を胸の前で組み、うるうるした目でユールを見つめてきた。
「ホントですか!?すっごく助かります。うち、すぐそこなんで、案内しますねっ!」
 さっさと先へ立って歩いていくエリザに、アスラムがため息をついた。
「って、荷物全部こっち持ちなのかよ。無防備だなオイ」
「私たちが悪い泥棒だったら、荷物持って即トンズラですよね」
 彼女の家はベクセリアの北側の一角にあった。すぐ横の階段を上れば、街で最も高い位置にある町長の屋敷は目の前だ。
「はい、到着です!荷物はその辺にドサッと置いといて下さい~。今、お茶淹れますねっ」
「いえ、お気遣いどうも~」
 エリザの甘ったるい口調が移ったか、ユールはゆったり返事をした。
「私たち、これから町長さんの所に行くんです。流行り病のことで何かお手伝いできないかと。ただ町長さんもお忙しいでしょうから、旅人がひょっこり行って会えますかねえ?」
 ユールとアスラムは出されたお茶を味わいつつ、エリザに町長のことを聞いてみた。
「あ、大丈夫だと思いますよ。きっと部屋でうんうん唸りながら古文書とにらめっこしてますから」
「町長さんは古文書が読めるんですか。では、この事態の解決の鍵がそこに?」
「いいえ、全然読めないのに無理して抱え込んじゃってるんですよ~」
 エリザはカラカラと笑った。笑いすぎて咳き込んでいる。
「状況が状況なんだし、意地張ってないで専門家に任せた方がいいんじゃないのか?」
 アスラムが渋い顔で言うのに、エリザはにっこりと笑って言った。
「古文書ならうちのルーくんがばっちり読み解いてくれますよ!ルーくんってのは、うちの主人のルーフィンのことね。キャッ!主人ですって。てれるぅ~!」
笑顔から一転、エリザは頬を真っ赤に染め、両手で顔を隠してしまった。旅人はすっかり置いてきぼりである。
「新婚なんじゃね?にしても、テンションたっかー…」
サンディが呆れ顔で言った。
「ああっ!スミマセン!ルーくんなら、今お仕事で研究室に篭ってるんですよ。いきなり会いに行っても、ルーくん人見知りするから…。じゃあ、私が一緒に行って、研究室の扉、開けてもらいますね」
「ご無理を言ってすみません」
 数刻後、ユールたちは至る所に本が積まれた狭苦しい研究室で、古文書の解読結果について聞くことができた。
この妻にしてこの夫あり。エリザの夫もまた強烈な個性を持つ人物だった。
彼はルーフィンと言い、考古学の研究のためにベクセリアを訪れた学者である。
ぼさぼさの赤毛を邪魔にならぬよう無造作にまとめ、ヨレヨレの白衣と黒縁の眼鏡を身につけている。年の頃はアスラムとそう変わらないが、猫背のせいで若さはあまり感じられなかった。
彼は自己紹介を「めんどくさい」と渋り、始終眠そうに喋った。喋りに合わせて動作も緩慢だ。しかし、自身の専門の考古学のこととなると、すらすらと淀みなく話すのに、ユールは驚いてしまった。
「事の起こりは100年ほど昔。この街の西で遺跡が発見されました。当時のベクセリアの民は軽はずみにも遺跡の扉を開いてしまった。その中に、病魔と呼ばれる恐るべき災いが眠っているとも知らずに…。この病魔こそが、今広がっている流行り病の元凶というわけです。古文書によると、実際には病気というより呪いの一種だったようですね。当時の人々は病魔を封印し、遺跡の入口を祠で塞ぐことで、呪いから逃れたといいます」
「ってことは、今この街に流行り病が復活したのは?」
 妻の問いに、ルーフィンは頷きを返す。
「多分、この前の地震で祠の封印に何か異変が生じたんだろうね」
「じゃあ、祠に行って病魔ってのを封印し直せばいいってこと?」
「その通りさ。まあ素人には難しいだろうけど、この街でできるのは、ぼくだけだろうね」
「じゃあ、じゃあルーくんがこの街のために祠の封印を直しに行ってくれるの?」
 なおも問いを重ねるエリザを見やり、ルーフィンは眼鏡を外して眉間に手をやった。
「…そりゃ、もしうまくいったらお義父さんだってぼくのことを認めてくれるだろうし、何よりあの遺跡を調べられるまたとない機会なんだから、行きたいのはやまやまだよ。でも遺跡には魔物が出るらしいし、わざわざ出かけていってケガするのもバカバカしいよな」
「それ以前に、遺跡ってのは誰でも自由に入れるものなんですか?」
「一般人は当然ダメだろ。ま、考古学者サマならどうだか知らねえが」
 そっぽを向いた夫の代わりに、エリザがアスラムに言った。
「遺跡の管理は代々の町長が任されてます。あの遺跡を調べさせてくれ、ってルーくんが何度か頼んでるんですが、掟に反するとかいってパパは全然許可してくれないんです」
 彼女の発したパパという単語に、サンディとアスラムの眉根が寄った。
 ルーフィンはさっそく新たな古文書の解読に没頭していて、会話に入ってこない。
「とにかく、このことを町長さんに話して、相談してみましょうか」
 雑談に流れかけている一同を、ユールがまとめた。
「そうですね。病気の原因は分かったし、これって大きな進歩ですよ。ルーくんってば、すごすぎです!…んっ、ケホッ、ケホン!…スミマセン、コーフンしすぎて咳き込んじゃいました」
「ではエリザさん、ルーフィンさん。私たちが町長さんと話してきます。挨拶のついでもありますし」
「はい、よろしくお願いしまーす」
 エリザに明るく見送られ、研究室を後にしたユールたちは、街の北にある町長の屋敷を目指した。
「つーか、カテーのジジョーってヤツが多分に含まれてない?この話」
「お義父さんだってぼくのことを認めてくれる…だそうですし。遺跡の件も掟の問題だけではなさそうですね」
 ユールとサンディは揃ってため息をついた。
「娘を変な男に盗られたって意地になってる親父か。こりゃ相当厄介だぞ」
「それでも分かって頂かないと。ベクセリアの非常事態ですから」